紅蓮の弓矢考察 サンホラ的な視点から
※この記事は割と与太話なので真に受けないでください。
最終話手前にして尚どうなるかが分からない進撃の巨人。紅蓮の弓矢と今の展開を結びつけた考察をしている方もいるが、あまりサンホラ的な視点で考察を行っているのは見ないので、今回はその視点からちょっとだけ深堀り、もとい妄想を垂れ流してみようと思う。
この記事を見る前の前提として以下の歌詞を参照
・紅蓮の弓矢
・緋色の花
・緋色の風車
・見えざる腕
・奴隷達の英雄
さて、紅蓮の弓矢の歌詞にはいくつか難解な比喩が存在する。例えば冒頭の
踏まれた花の名前も知らずに 地に落ちた鳥は風を待ちわびる
という一節がある。これは一見すると踏まれた花=被害者たち、ということで壁の中にいた頃のエレンであり今の蹂躙される壁外人類であり、地に落ちた鳥は加害者側であるマーレであり地ならしを行うエレンというように読める。実際その通りなのであるが、サンホラ的に読み解いてもそのとおりになることを解説してみよう。
サンホラは物語音楽という形式をとっており、1つのアルバムで1つの物語が作られている。一方、本歌取り的な表現も多数見受けられ、別のアルバムに出てきた表現を借りてくることもよく行われる。
では、サンホラ的には踏まれた花や地に落ちた鳥は一体何を指すのだろうか。
踏まれた花という表現が出てくるのはアルバム『Lost』の「緋色の花」である。この歌の中で花は森の中に生えていて兵隊が踏みつけていくものである。この時点で、花というものが敵に蹂躙される存在、という意味を持つことが分かるが、実はさらにもう一歩踏み込むことができる。
ああ…『私』が『ワタシ』を踏み潰しにやってくる…
そう、この花は踏み潰される存在であり、踏み潰しにやってくる存在なのである。エレンたちは確かに踏み潰される花であり、踏み潰す花である。マーレもまた踏み潰す花であり、踏み潰される花である。この対称的な象徴として踏まれた花という表現を利用している。
では地に落ちた鳥とは何か。これは『Moira』の「奴隷達の英雄」に類似した表現が出てくる。そもそも奴隷達の英雄ってワード自体が進撃の巨人に出てきそうなフレーズっぽい。
あの日の少年には空を征く鳥が何よりも自由に見えた
嵐女神の気まぐれでなすすべもなく地に落ちるというのも知らずに
地に落ちた鳥は一見自由に見えて自由ではない存在のことである。これは実は自由なはずの外の世界から来たが国と歴史に縛られたパラディ島潜入組、自由に見えた壁の向こう、外の世界にも人類が存在していて、しかも自由ではないという状況にマッチしている。また、これは壁の外に出て逆に自由ではなくなった(アルミン曰く君のどこが自由なのか)エレンである。
次の考察点は「緋」である。これはサンホラ的な考え方をしなくてもよいが、サンホラで緋色が出てくるような歌詞は次のような場合が挙げられる。
鮮血に染まった緋色の花
『Lost』より「緋色の花」
回る回る 緋色の風車
きれいな花を咲かせて
踊る踊る 血色の風車
きれいな花を散らせて
『Roman』より「緋色の風車」
首を狩る姿 まさに風車 緋い花が咲き乱れて
『Roman』より「見えざる腕」
他にもいくつかあるが、大体の使用例として緋とは血、それも鮮血を表すものである。先の緋色の花が踏み潰されるものであり踏み潰すものであることを考えれば、【黄昏に緋を穿つ紅蓮の弓矢】が何を穿っているか、というところに新しい発見ができる。つまりこの紅蓮の弓矢が穿つのはエレンたちの的である巨人でもあるが、実はエレン達も穿たれているのである。
次は飛んで終盤のドイツ語パート
Der Junge vor einst der Wald zum Schwert greifen.
少年はかつて森の中で剣に手を伸ばした。
Wer nur seine Machtlosigkeiten beklagte kann nichts verändert.
己の無力を嘆くだけの者には何も変えられないだろう。
Der Junge vor einst wird bald das schmarze Schwert ergreifen.
少年はやがて黒き剣をつかみとるだろう。
Hass und Zorn sind eine zweischneidige Klinge.
憎悪と憤怒は諸刃の剣。
Bald eines Tages wird er dem Schicksal die Zähne zeigen.
いつの日か彼は運命に牙を剥くだろう。
ここ、初めて日本語訳を読んだ方は「ん?」と違和感を覚えたのではないだろうか。
「紅蓮の弓矢」全体は進撃の巨人を読み込んで作られているように思えるのに、森の中で剣に手を伸ばすだの黒き剣だの進撃の巨人っぽくない表現が出てくるのである。
基本的に進撃の巨人で森といえば巨大樹の森ぐらいしかないし、そこは確かに戦場にはなるが何かのきっかけになる場所ではないのである。後にサシャの父が森という言葉を殺し殺される憎しみの連鎖が起きる場所として使っているが、この曲が作られた時期には一切出てこない考え方である。
また、進撃の巨人を代表するアイテムの1つがブレードであるが、それを使った戦闘は作中内では白刃戦と呼称される。ブレード自体も黒いものではまったくない。
ではこの森や黒き剣はなんなのだろうか。一つずつ見ていこう。
まず森であるが、実は森というのはサンホラにおいて戦場になる場所の一つになっている。先に上げた「緋色の花」においては緋色の花が咲いている場所が森の中であり、花が踏み潰される場所である。他にも「見えざる腕」においては腕を奪われ人生が転落する転換点が森の中の戦場なのである。
つまりここで言う森とはエレンにとってきっかけとなったシガンシナ区なのである。また、エレンはそこで憎しみの連鎖に囚われるという意味で進撃の巨人的に言う森の中に迷い込んだとも言える。
次に黒き剣であるが、これはかなり分かりやすい。例えば次のような表現がある。
不意に飛び出した 男の手には黒き剣(Epee Noir)
周囲に飛び散った液体(Sang) まるで葡萄酒(Pinot noir)
『Roman』より「見えざる腕」
あの日の少年
運命に翻弄され続けし者
黒き剣をとった彼の復讐劇が始まる
『Moira』より「奴隷達の英雄」
1つ目について少し補足をする。「見えざる腕」と「緋色の風車」は同アルバムの曲であり、世界を同じくしている。緋色の風車に出てきた少年は大切な人を奪われた復讐のために力をつけ、見えざる腕でその仇を討っている。
さて、この2つを見て分かるのは、サンホラにおいて黒き剣は復讐のための力の象徴なのである。ちなみに剣自体は緋色の風車にてこのように表現される。
運命に翻弄される弱者の立場に嘆いた少年はやがて力を欲するだろう
それは強大な力から身を守るための盾か
それともより強大でそれをも平らげる剣か
つまりエレンは森の中で剣=巨人化の能力を得た、ということを示唆しているのである。なんとなくそういう感じのする歌詞ではあるが、なぜこのような言葉選びになっているのかが納得できると思う。
ラストのサビはこうなっている。
とめどなき<<殺意>>にその身を侵されながら宵闇に紫を運ぶ冥府の弓矢
紫(シ)が死にかかっていることはすぐに分かると思うが、サンホラ的にも紫というのは死の象徴となっていることが多い。『Roman』の最初の曲「朝と夜の物語」において死の右手にいるのが菫の姫君であり、『Moira』のクライマックスである「死せる英雄たちの戦い」では紫水晶の瞳を死を招くものと言っている。
直接歌詞と関係あるわけではないが、上で挙げている「緋色の花」、「見えざる腕」、「奴隷達の英雄」には進撃の巨人にぴったりなフレーズが入っている。
彼らを突き動かす法則
大切なものを守るため 大切なものを奪い続けるという矛盾
『Lost』より「緋色の花」
誰が加害者で誰が被害者だ
犠牲者ばかりが増えていく
『Roman』より「見えざる腕」
自由か死か
歴史に刻むのは彼らが生きた戦いの証
『Moira』より「奴隷達の英雄」
サンホラ自体が物語としていろんな状況を描いているからこそ該当が多いのだと思うが、進撃の巨人の残酷な世界とそこで足掻く人々の物語がサンホラと親和性がある。Revo氏が進撃の巨人の楽曲を提供することになったのはある種の運命なのかもしれない。
さて適当に書き散らしたが、紅蓮の弓矢にはサンホラっぽい表現がいろいろと散らばっている。紅蓮の弓矢どころか、他のRevo氏が手掛けた進撃の巨人の曲にはサンホラの要素が色々混じっている。分かりやすいのは2期OP「心臓を捧げよ」のイントロは『Chronicle 2nd』の「聖戦と死神 第2部~英雄の不在~」に出てくるフレーズだったりするし、エレンの母をテーマにした「14文字の伝言」は『Roman』で母が子に宛てた歌である「11文字の伝言」と類似したタイトルになっている。
進撃の巨人の骨子となっているのは諫山創先生の描く漫画本編であるが、たまにはこれを彩る曲がどんな意味を持っているのか、考えるとこちらもまた面白い。
余談
【家畜の安寧 虚偽の繁栄 死せる餓狼の自由を】、という歌詞であるが、今見ると実のところ家畜の安寧や虚偽の繁栄が指すのは壁の中の王国だけでなく、島の外のマーレのことのようにも思える。マーレはまさに影の実力者であるタイバー家と兵力として酷使されるエルディア人に守られている家畜であるし、巨人という陳腐化しつつある武力を背景に育ってきた虚影の国である。死せる餓狼とはまさに酷使されるエルディア人のことであり、彼らが望む名誉マーレ人という肩書は収容区を出るための自由の切符であろう。
追記(2021/03/12)
進撃の巨人では作中に弓ほとんど出てこない(サシャがたまに使う程度)のに何でタイトルが弓矢なんだ?って思ったがサンホラ的に弓をメインで使ってる話って『Lost』の「恋人を射ち堕とした日」ぐらいだ。
この曲の大筋は獣に変質してしまう呪いを掛けられた恋人を泣く泣く射ち殺すという話であるが、それを踏まえるとミカサがエレンを討ち取ったのもある種必然なのかもしれない。
ちなみに恋人を射ち堕とした日には焔や凍らせる、なんどでも息絶えるまで射ち続けるという表現が入ってる。
恋人を射ち堕とした日のラストが【凛と白く最後の弓矢 私を射ち堕とす】なのでこれミカサも死にそうだな?
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