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MLBが演出した資本主義バブル契約と大谷翔平の神聖化 - ド軍が抱え込む巨額債務リスク

大谷翔平とドジャースとのFA契約について、世間では礼賛一色のお祭り騒ぎが続いている。それをテレビで見ながら違和感を覚えた。5/9 に大谷翔平を批判する記事を上げたが、今回そこから一歩進んで、大谷翔平を取り巻く過激な資本主義の世界に強い不信感を抱いた点を否めない。具体的に書こう。まず第一に、プレーする10年間の年俸総額を2000万ドルに押さえ、残りの6億8000万ドルを2034年から2043年までの10年間に後払いにした問題である。今度の契約の重要な特徴だが、マスコミはこれを異常に美化し、大谷翔平の自己犠牲だの、ド軍への貢献精神だのと宣伝しまくっている。果たしてその評価は妥当なのか。私には不思議でならない。客観的に、ド軍は現役引退した元選手に、10年間にわたって毎年6800万ドル支払う義務を負うのだ。

ドジャースの2023年の年俸総額は2億2750万ドル。これをベースにすると、6800万ドルは全体の30%を占める金額となる。ドジャースの2022年の年俸総額は2億7480万ドルで、この数字をベースにしても、6800万ドルは25%の巨費となる。こんな巨額の資金を、引退した過去の選手のため、その年の戦力とは無縁の一個人のために、10年間も延々と供与し続けないといけない。マスコミが言うように、2024年から2033年までの10年間は、ド軍の戦力補強のために有意味な契約と言えるかもしれない。だが、その後の10年間に重い負担が背負い込まされていて、基本的にツケが後回しされているだけだ。日本の財政の赤字国債と同じであり、歳出の国債費払いと同じである。今年度の政府予算・一般会計における国債費の支出割合は22%。

この借金返済のために他の予算支出が圧迫され、社会保障費や教育費が削られる要因になっている。消費増税を説得する口実になっている。果たしてドジャースは、10年後、大谷翔平への毎年6800万ドルの支払いが、各年の戦力補強や全体のペイロールの足枷にならない規模まで、球団収益を増大させ年俸予算を拡大させることができるのだろうか。この契約の意味と成否はその課題に集約される。ゼロ成長の経済に慣れた普通の日本人の常識では、このド軍の経営決定はあまりにリスクが大きすぎ、失敗と破綻の可能性が高いと認識される。だが、高度成長とインフレと株高持続の環境にあるMLBとアメリカ市場の意識では、この契約はリーズナブルでメイクセンスなのかもしれない。2021年のMLB年俸総額は40.5億ドル。2022年のMLB年俸総額は45.6億ドル。2023年はどうやら50億ドルを超えている。破竹の勢いで景気よく増えている。

この全体状況と楽観情勢があり、カネ余りのバブル景気があり、MLBとド軍経営陣は、2034年以降10年間の6億8000万ドルの負担発生を特に球団経営上のリスクと査定しなかったのだろう。10年後の収益と市場規模を現在の2倍以上と強気に見込み、インフレによる負債簿価の減価を見通した判断なのに違いない。いかにもショートレンジの戦略と利益にフォーカスするアメリカ人らしい経営感覚であり、現在のアメリカでこの契約が称賛される理由も分からないではない。だが、過去を振り返れば、MLBの事業収入年俸総額が必ずしも一直線の右肩上がりで推移してきたわけではなく、2014年から18年までは足踏みしてフラットの状態だった経緯も確認できる。この伸び悩みは、同時期のNY株価の変動と重ね捉えて理解することができるだろう。来年以降のアメリカ経済の観測は不透明だ。

第二の問題点として引っ掛かるのは、契約金吊り上げのためにブルージェイズを利用した点である。どう考えても、大谷翔平にはLA一択しかなかった。肘の手術を執刀して治療を担当している医師がいる。住み慣れたLAの居住環境がある。南カリフォルニアの温暖でドライな気候条件がある。大谷翔平の選択としては、ドジャースかエンゼルス以外にはなかっただろう。肘の治療と優勝こそが第一だ。そこに突然トロントが大穴として割り込んで、カナダドルで1080億円提示し、FA争奪戦のトップに躍り出たというニュースが入った。根拠不明な下馬評の円グラフが出た。おそらく、代理人のタクティックス以上に、MLBが上から差配し演出したビジネスショーだと思われる。対抗馬というか、コンペティションを面白くするダミーとしてブルージェイズを仕込み、いわばヤラセの金額吊り上げ交渉をさせたのだ。

MLBがこのドラマの全体を仕切っている。バブルの娯楽ショーを企画演出している。その目的は、MLBのベースボールを世界一のプロスポーツの地位に上げることだ。初めに7億ドルありきであり、メッシが達成した6.7億ドルを大谷翔平で超えるという路線と目標を設定、それを実現するべく、八方に工作したという芝居の裏が看取できる。メディアに手を回して美談仕立てにしてローンチしている。話を持ち込まれたブルージェイズは、噛ませ犬の配役を喜んで引き受けたのだろう。エンゼルスは7億ドル出せないから、やむなく手を引いた。たかが野球選手の給料にと呆然とするし、スポーツの世界のあまりの金満バブル汚染に眩暈を覚える。金が目的ではないと言っていた大谷翔平が、どうして7億ドルが必要で、97%後払いについて「我慢」という言葉が出るのか。巨額のスポンサー収入を得る身で、「我慢」の表現は倫理的に納得できない。

どうしても優勝経験したいから、恩義のあるエ軍を切ってド軍に行く。その発想と意思は了解できる。しかし、それだけなら7億ドルは不要だろう。半分でいい。なぜ7億ドルの大金が必要で、プロスポーツ史上最高金額の契約をめざしたのか、その動機と理由を説明して欲しかった。金額が野球選手の価値評価になるからと言うのなら、単年度で史上最高をめざし、誰も越えられない最長不倒記録を作ればよかった。そういう方法もある。敢えて長期の大型契約をめざす必要はなかった。史上初の7億ドル契約は、今は大谷翔平の勲章かもしれない。が、中身としては、30歳から39歳までの10年間、年7000万ドル分の活躍をする義務と期待を負わされたものだ。単年7000万ドルを契約する選手は、今後のMLBでも容易に出現しないだろう。果たして大谷翔平にその活躍が可能なのか。35歳過ぎても、二刀流で年7000万ドルに見合う活躍と貢献ができるのか。

もしその義務履行が不可能になった場合、どうするのだろう。自分から年俸の減額を申し出て契約を修正するのだろうか。そのとき、アメリカの国民とメディアはどう言うだろう。日本人のようにやさしくは接するまい。身の程知らずに天狗になって7億ドル契約して失敗したとか、二度も手術した身で7億ドル契約は傲慢だったとか、資本主義的な冷徹な基準で選択の失敗の結論を下すはずだ。掌返しで厳しく処断される。対象が叩きやすいアジア人で、反論や抵抗が返ってこないアメリカ盲従の日本人でもあり、人格の否定と侮辱にまで及ぶかもしれない。井川慶はその刑を受けた。LAでの会見を見ていると、アメリカの記者は冷静で、大谷翔平を過剰に持ち上げる態度で一列に揃ってはいない。肘の手術の真相を問い、競合球団との交渉の内実に踏み込む質問を発していた。彼らは、MLBが強引に推進する大谷翔平の神聖化に与しておらず、ジャーナリズムの批判精神を保っている。


活躍できなくなったとき、契約を途中変更すれば、債権を放棄すれば、それで済むという問題ではないのだ。(双方とも)失敗の危険性が高すぎる契約を結んだと言わざるを得ない。MLBの論理や周囲(水原一平)の欲望と誘導に合わせすぎた、肥満と沸騰の極みのアメリカ資本主義に迎合した、純真で清冽なスポーツ選手らしくない歪んだ決断だったと思う。


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