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ヨンゴトナキオク34 2021.6.24

捧げられし音ゆえに涙す

合唱の仲間でもあるYさんがFacebookで紹介されていたCDに目が留まり、Yさんを通して手にすることができました。西宮市役所にお勤めの現役公務員にしてピアニストでもある谷口博章さんが発表されたものですが、ただのCDではないことは既にYさんのご紹介文でもわかっていて、だからこそ聴いてみたいと思ったのでした。

2南三陸

2011年3月11日に起こった東日本大震災。CDのライナーノーツによると、谷口さんは西宮市の職員としては最初の職員として4月11日から宮城県南三陸町に派遣されました。業務としては町長の秘書業務とともに広報業務の一環で災害広報紙の第1号を発行し、被災者に必要な情報やメッセージを町民に届けたとのこと。中でも「町民憲章」の言葉に感銘を受け、うちひしがれた人々の気持ちを一つにするためにもあえてその広報紙の一番目立つ場所に載せることを提案されたのが谷口さんだったそうです。

2週間の派遣任務を終え、帰途につく前に、ピアニストとして避難所2カ所でミニコンサートをなさった谷口さん。南三陸町の町長さんが、谷口さんがコンクールでグランプリを獲得するほどのピアニストであることを知ったのは、彼が町を離れてからだったとか。

ところで、CDをいただいたとき、「谷口さんには直接のご面識がありますか?」とYさんに尋ねられ、「いえいえ、ありません。ただ一方的に知っているだけで」と私は答えました。かつて一度だけ、私は確かに谷口さんのピアノを聴いた記憶がありました。奥様は関西で活躍されているソプラノ歌手の老田裕子さん。彼女が谷口さんの伴奏で歌っておられたステージを私は一聴衆として聴いた。その記憶です。いつ何故聴いたのかという記憶がとてもおぼろげだったですが、いろいろ調べてみてわかりました。2007年8月にNHK大阪ホールでFMNHKの公開収録があり、それを聴きに行ったとき、お二人が出ておられたのです。そもそもなぜ行ったかというと、一緒に出演していた長岡京アンサンブルを聴きにいったからです。というのも、私は当時(今もですが)長岡京アンサンブルのファンで、マネジメントされている方からのご案内で収録のチケットをいただけることになり、幸運にもホールに足を運ぶことができたのです。そのステージでは、お二人がご夫婦だと初めて知りました。老田さんはますますご活躍され、その歌声は何度もお聴きしています。実は、先日も関西フィルによるドヴォルザークの『スターバト・マーテル』で、素晴らしいソプラノソロをお聴きしたばかりでした。

南三陸町には、私も浅からぬご縁があります。2011年8月、私は娘が所属していた合唱団が市の要請を受け、東北の被災地へのボランティア活動の一環として歌いに行くということで、子どもたちの引率として参加しました。あいにく高校生の娘は学校からホームステイのため日本にいない時期で、私だけでも何かお手伝いできることはないかと手を挙げたのです。その受け入れ先の一つが南三陸町のホテル観洋さんでした。町が津波で甚大な被害を受けた中、ホテルは強い岩盤の上に建っていたそうで、奇跡的にほとんど影響を受けずに済み、家を失った人たちの避難所になっていました。私たち一行は普段なら泊まれないようなお部屋に宿泊させていただき、食事も3食お世話になりました。子どもたちは立派に任務を果たしましたが、そこで私ができたことといえば、ロビーで歌う子どもたちの姿を見守るだけでした。夜は海に面した温泉に入らせていただき、きれいなお部屋に泊めていただきました。帰りにはバスで町内を案内してもいただきました。震災から5カ月がたっていましたから、あたりはただただ更地が広がっているばかりで町の面影は消え、津波で避難していた方々が犠牲になった南三陸町の町役場が骨組みだけになった姿を目の当たりにしました。

そんなことですから、谷口さんが南三陸町で業務にあたられたご縁から南三陸町への支援のためにCDを出されたということを知って、私自身NHKホールでの記憶もよみがえってきて、どうしてもCDをお聴きしてみたくなったのです。そしていただいた翌日、仕事に向かう車の中でCDを聴きました。

谷口さんはエコール・ノルマルでも研鑽を積んでおられました。何ということでしょう。私は1991年にエコール・ノルマルに入りました。いや、生徒ではなく、学校の建物の中にです。私の亡くなった親友がエコール・ノルマルで勉強をしており、彼女の計らいでレッスンを見せてもらったことがあるのです。「留学を希望している友達です。見学してもいいですか」と堂々と嘘をついて先生の許可をもらってくれ、私はいかにも学生ですという風情で見学したのですが、当時はフランス語も全くわからず、こちらに何か聞かれたらどうしようとびくびくしながら、ただおとなしく座っているほかありませんでした…。

南三陸3

収録曲はショパンやリストを中心に、フォーレ、ドビュッシー、フランクといったフランスの作曲家の作品で構成されていました。なんとどれも私の好きな曲ばかり。中でもショパンのノクターン第13番は、いつからか心に沁みるショパン作品の一つだったので、ぐっと惹きつけられました。その曲も含め南三陸町での演奏プログラムが4曲再演されています。演奏は今年2月14日にご自身の故郷である岡山県津山市のホールで開催されたリサイタルでのライヴ録音によるものでした。14ですって? うわっ、偶然にもまたヨンゴトのご縁が! ま、これは単なる私の自己満足ですけど('◇')ゞ

それにしても、谷口さんのピアノは何と温かいのでしょう。男性ならではの繊細なタッチは誠実そのものです。そもそも公務員として多忙を極めながら、ピアニストとしても活動すること自体、もはや超人的。大谷翔平君をも超える二刀流です。私は聴きながら、泣きそうになっている自分に気づきました。この感覚を何と表現すればいいか、まだ言葉が見つからないでいます。そもそも、音楽は「祈り」。誰かに思いを捧げる行為そのものなんですね。演奏にこのCDを制作された趣旨である南三陸町への思いの深さが込められていました。被災からわずか1カ月後の町の姿を目にされたその時からずっと南三陸町に寄り添っておられるのでしょう。谷口さんご自身、2018年には脳梗塞で倒れられたという苦しい体験も乗り越えられています。そして昨年には長年苦楽を共にしてきた愛用のグランドピアノを町に寄付されたそうです。ただただ頭が下がります。私自身、今にして思えば、かつてたった一度、2007年に聴いたあの時から、彼のピアノの音色が心のどこかに残っていたのかもしれません。震災2年後にはホテル観洋でもご夫婦でコンサートを開いておられます。あそこに行った私だからわかります。あの広々と眺めのいいロビーでお二人の演奏を聴かれたお客さんはどれだけ心を癒されたことでしょう。今はまだ叶わないけれど、私もいつか、普通の宿泊客としてもう一度観洋さんに伺いたいと思っています。

谷口さんとCDのことが紹介されている新聞記事を見つけました。CDのお問い合わせ方法も出ています。大したボランティア精神もない私ですが、間接的に何かのお役に立てば幸いです。






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