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進化するシステム境界

宇宙が本当にまったく自己完結的であり、境界や縁を持たないとすれば、始まりも終わりもないことになる。

スティーヴン・ホーキング

こんにちは、システムデザイン研究所(SDL)の南部です。 システム工学やシステム思考は、複雑化する現代社会において進めべき道を示してくれる羅針盤です。

今回は、システムの拡張について、書きたいと思います。

システムは拡張していく

世の中を見渡すと、多くのモノゴトが変化していることに気がつきます。

たとえば、SUICAは、最初はJR東日本の一部の駅でしか使えませんでした。
それが徐々に、私鉄やバスなどでも利用可能になったり、クレジットカードとつながったりするようになりました。

なんとなく、ここまでは想定内の拡張かと思うのですが、その後、買い物ができるようになったり、モバイルSUICAというものが誕生したり、各種特急サービスとつながったりしたのは、後々の構想のような気がします。

システムズエンジニアリングでは、システムを設計する際に「システムの境界」を明らかにすることを大切にします。
コンテキストモデルを描き、ステークホルダを識別したり、外部のシステムとのインターフェースを考えたりして、「システムの責務」がどこまでなのかを明確にすることを心がけます。

システムズエンジニアリングが発展した、20世紀の宇宙開発では、コンテキストがプロジェクトの期間に変わることはほとんどありませんでした。惑星の並びは変わりませんし、宇宙に存在しているシステムも急激には変わらず、政変によって大事なステークホルダが極端に変わることもありません。

しかし、21世紀では、コンテキストを固定化するのは難しいように思います。宇宙開発に目を向けると、内閣府宇宙開発戦略推進事務局が公開している「宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像」によれば、軌道上に打ち上げられた衛星の数は過去10年間で約11倍に増加しており、年々増加傾向にあります。昨年には使えなかった宇宙サービスや輸送サービスが突然使えるようになるわけです。つまり、宇宙機システムをとりまく外部環境は大きく変化しています。保守的な世界である宇宙開発ですら、変化が激しくなっていますので、世の中全体は言わずもがなです。

誤解がないように補足しますが、コンテキストが変化するからといって、システムの境界を明確にしなくて良いということはありません。むしろ、変化に適応しないといけないため、開発者がシステムの境界を意識することの必要性は、より高まったと言えるかもしれません。

マイナンバーカードのシステム境界は?

システム境界のわかりにくさという点において、ふと脳裏をよぎったのは「マイナンバーカード」です。

  • 住基ネットと何が違うのか?

  • いつの間に保険証の機能を持つようになったの?

  • 免許証の機能も持つの?それとも身分証明の機能だけ?

ふつふつと疑問が湧きます。こんなとき、頭の中を整理するのにコンテキストモデルや役立ちます。

やや応用編のコンテキストモデルにはなっていますが、下記がマイナンバーカードのコンテキストモデルです。

マイナンバーカードのコンテキスト

描き方が気になる方のために、少しだけ補足説明します。
(興味ない方は読み飛ばしてください)

マイナンバーカード自体は、磁気ストライプとICチップが付いたただカードなので、対象システムは、カードだけでなく、マイナンバーカードの裏側にある様々なシステム(マイナンバー生成システム、情報提供ネットワークシステム、マイナポータル)も含めて捉えます。(図では緑の付箋)
そこに、独立して存在しているシステム(住民基本台帳ネットワークシステムや公的個人認証サービス)や法律(住民基本台帳法やマイナンバー法)などを外部要素として識別します。(図ではオレンジの付箋)
これで登場人物が出揃うので、その間でやりとりしている情報をリンクに書き込んでみます。

参考にした文献
1. マイナンバー制度を支えるシステム
2. マイナンバー付番の仕組み

さて、こうして俯瞰して見たときに、マイナンバーの役割というのは、実は情報を持つことではないことが見えてきます。大事な情報は別の所にあり、それらをつなげるという役割しか担っていないように見えます。そして、現状想定されているサービスを実現するためなら、住基ネットと情報提供ネットワークシステムがあればよく、原理上はマイナンバーカードは不要と思われます。(私の勘違いかもしれませんが、)

しかし、ここで大事なステークホルダに目を向ける必要があります。「住民基本台帳法」です。住基ネットの用途が法律により厳しく制限されているため、役割の拡張ができません。そのため、システムの境界拡張のために、新しい法律「マイナンバー法」を制定して、マイナンバーシステムを加えることにより、システムの拡張を実現した。そんなストーリーがコンテキストを見ていると浮かび上がってきます。

この記事で注目したいのは、マイナンバーの是非ではなく、マイナンバーを導入することで、どのようなシステム拡張を図ったのかです。マイナンバーシステムの目的は下記のとおりです。

マイナンバーは、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関が保有する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されます。

総務省「マイナンバー制度

「社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理すること」という目的に資するシステムを実現しようと思ったとき、従来システムでは出来そうで出来なかった。そこで、登場したのがマイナンバーシステムです。
マイナンバーシステムは、従来システムを拡張するために、従来システムを前提として、補完的につくられたシステムです。そうであるにもかかわらず、マイナンバーカードに主役級の存在感があるため、マイナンバーシステムの境界がわかりにくいのだと、私は理解しました。


システム思考

現代のシステムは非常に複雑です。その原因のひとつが、単独で存在するわけではなく、様々なシステムと「つながっている」ことにあります。
マイナンバーカードの例でも示したような、たくさんのつながりを理解し、頭の中を整理する手法がシステム思考です。
システム思考なしで現代を生きていく自信が私にはないので、この考え方をもっと広めたいと切に願い、本稿の筆を置きたいと思います。


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