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【掌編小説】涙

お題メーカーさんから、以下の内容に添って書かせていただきました。
「人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知った」で始まり、「炭酸の強いラムネは涙の味がした」で終わります。


 人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知った。そんな事は知りたくもなかったけれど、現に今、両の目は乾いたままだ。
 胸が破れそうに痛むのに、それを逃がす術が見当たらない。もし本当に破れたなら、そこに収まっているものは何処へ行くんだろう。涙として体の外へ排出されないのなら、いずれこの体は溢れた悲しみで一杯になってしまう。悲しいと恋しいがひたひたと細胞を侵食し、最後には満ちて溺れるのかもしれない。
 そうなったら、同じ場所へ行ける? 黒縁の額に収まった笑顔は違和感しかない。そんな風に行儀良くいられるなんて知らなかったし。見慣れた笑顔に紐付いた笑い声は直ぐにも思い出せるのに、今はどれだけ待っても声が聞こえない。瞬きを忘れた目が酷く痛んだ。
 白い煙が細く長く空へ昇っていく。陽を透かし、青い空に溶けるまで見上げていた。どうしたら扉が開くのかと、眩しさにヒリつく眼球が訴えるも答えは分からない。
 隣が空っぽなまま帰路につく。ふと、通りがかりの自販機へ目がいった。その途端、急激に喉の渇きを覚えた。思えば飲まず食わずで一日過ごしていたんだっけ。小銭を投入し、ボタンを押し込んだ。ガコン、と勢いよく落ちてきたのは普段飲まない炭酸飲料だ。これを好んでいた奴は、もういない。
 強引に進められて噎せた記憶をも抱きしめたかった。冷気を纏った甘みに空腹を刺激され、勢いよく缶を傾ける。乾いた喉が潤う前に、盛大に噎せ返った。またかよ。思いながら、あまりの苦しさに背を丸めて何度も咳き込んだ。
 慣れないことはするもんじゃない。炭酸の強いラムネは涙の味がした。

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