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空のウサギは黒く焼ける_11月19日真偽日記

放置された公園のベンチに腰かけ、夜空を見上げる。吹き抜ける風の冷たさに身を縮め、カイロ代わりに購入したココアの缶を転がす。

「月が食べられるって表現、言い得て妙だよね」

隣でホットコーヒーを飲んでいたユウは、長い時間をかけて形を変える月を見上げながら言う。

今日は皆既月食の日らしい。それを知ったのは今朝のニュースで、じっくり見ることになったのは目を輝かせたユウに連れ出されたからに違いない。
確かに見上げる月は欠けていて、いつもと違う顔を見せている。けれどそれがどうしたと言うのか。そう思っても口には出さず、ただ黙って月を見上げた。

もっとこういうのを好きな人と見に来たら良かったのに。

よく晴れた今日は夜空が澄んで見える。せっかくの穴場スポットなら共有できる誰かの方が楽しめたはずだ。

「それは君、好きな人と一緒の方が楽しいでしょ」
「……口に出てた?」
「顔に書いてた」

てっきり夜空を見ていると思っていたユウは大きな目をこちらに向けて笑っている。吸い込まれそうな大きな瞳は夜空のように煌めいていた。その輝きに見惚れてしまいそうになって、思わず視線を外す。

「まあ、そういうことだよ」

何がどういう事なのか分からないけど、それ以上追及する気にもなれず、ふぅんと適当な相槌で誤魔化した。

「月の裏側にいるウサギは、月が食べられた今頃どこにいるんだろうね」
「さあ。日光浴でもしてるんじゃない?」

せっかく太陽が重なってるんだから。

「君のそういうところが好きだな」
「はいはいありがと」

適当にあしらいつつ、いつもと違う月を見上げることにした。真横の太陽は直視するには眩しすぎる。

これじゃあ日光浴どころか日焼けサロンだ。もしかすると月のウサギも黒ウサギになっているかもしれない。

突拍子もない現実離れしたことを考えないと、甘ったるくてロマンチックな空気に丸呑みされてしまいそうだった。


月食だった。正確には部分月食というのだったか。

ニュースで知り、へえ、と思ったものの、たいした興味もなく職場を出ようとした。すると観測したい人が連なって空を見上げていた。

楽しそうなので私も空を見た。なんだかヘンテコな鈍色の月に、朝と同じくへえ、と思って家に帰った。こういうものは楽しめる人と一緒に解説を聞きながら見上げたいものだ。

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