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目覚ましはぶどうの香り_11月18日真偽日記



「聞いてよナオ。さっき凄いことがあってさ」

アカネはスライドドアを開けるなりそう言った。返事はないが、いつものことだと気にせずに中に入る。

「近くに歩道橋あるでしょ、雨の日に凄い滑るところ。

 あそこでお婆ちゃんが困ってて。おっきい荷物持ってるの。
 いやああるんだね、こんなテンプレなことって」



驚きだよ。なんて両手を広げてから、相変わらず返事のない部屋の主のことを無視して窓を開けた。澄んだ秋の風がふわりと入り込む。

風を受けて目を細めてから、部屋を彩っている花瓶に近づく。

「で、手伝ってあげたの。別にここに来る以外用事ないし?

 そしたらお婆ちゃん大感激。
 こっちがビビるくらい感謝してくれてさあ」

手際よく枯れかけた花を取り除き、新たな花と入れ替えた。

「お礼を渡すまで帰らせるわけには!って気迫でね。
 お金貰うのもなんか変だし、って言ったら」

そこで言葉を句切り、アカネは鞄を漁る。

「ジャーン!ぶどう!貰っちゃった!
 ちょっとこれ凄くない?もうツヤツヤのぷりぷり。
 ほんとはお孫さんとかと食べる予定だったらしいんだけど、ほかにもあるからって。私だったら絶対譲れないよ」

手に持つパックには大ぶりのぶどうがおさまっていた。通販サイトの宣伝写真を飾れる程の出来栄えだ。決して安くないことがひと目でわかる。

一人で食べるには大きい。出来たらナオと食べたい。

けれど。ベッドに横たわるナオは微動だにしない。腕や体に繋がる機械が無機質な音を立てている。目頭が熱くなる感覚に鼻を鳴らせば、薬品のにおいが鼻をついた。

原因不明の病でナオが意識を失ってから、早一年が経とうとしている。もうこの病室を訪れるのはナオの母親とアカネくらいのものだった。

「あーあ、こんなに美味しそうなぶどうが食べれないなんて。
 ぶどう狩りで園内狩り尽くした、ぶどうハンターナオが聞いて呆れるよ」

見えていないことがわかっていても掲げてみせる。
あえて明るく振る舞うのは癖になっていた。きっと聞こえていると信じて。

「食べちゃお。ブドウ狩り懐かしいな。また行きたいね。
 今度はシャインマスカットなんかも食べたいなー。
 って、おいっし!!」

軽く水道で洗ってからパクンと口に含んだぶどうはじゅわっとした甘みを口いっぱいに広げる。濃厚かつ爽やか。ぶどうに求めるものが全て詰まっている味だ。

「え、やば、これほんとに一人でいけちゃう」

ナオの母親や看護師に残しておこうかと思ったが、ついつい手が伸びる。ひとつ、ふたつ、と噛み締めながら味わう。

「美味し……えー、どうしよ、やば……」
「……そ、んなに、」
「っ!?」
「おい、し、の」

思わず取り落としそうになったぶどうをお手玉のようにジャグリングする。掴んだぶどうを口の中に放り込んで、頷いた。

「過去一」
「ま、じかー、」

食べたいな。
ナオは久々に動かす喉が痛いのか顔を顰めながら言う。

食べさせてもいいのだろうか。首をひねってすぐ、ナースコールという制度を思い出す。伝えなければ、ナオが起きたことを。

「いやもう、本気でぶどうハンターじゃん」

涙を誤魔化すように、そう言って笑った。


昨日は機械のように大量の作業をこなし疲れて寝てしまった。

寝るのが好きで延々と眠れる。
春眠暁を覚えずというが、暁を覚えたことはない。いつか暁を覚えたいものだ。

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