あなたへ

「そのシャーペン、刺して」

あなたはそう言ってわたしに手を差し出した。

理科室の所々はげた真っ黒な机の上、あなたの手は白く、みずみずしく、きれいだった。

その手の甲に、シャーペンを刺す。

どんな力加減だったかは思い出せないけれど、きっと、恐る恐るゆっくりと、ちくりと刺したと思う。

痛かったかな。痛かったよね。

あなたは嬉しそうに笑っていた。

わたしはちょっと気恥ずかしい思いがして、それでもあなたが笑ってくれたから、嬉しかった。

いけないことをしているような気持ちで、すごくどきどきしたのを覚えている。

どんな秘め事よりもずっとずっと、わたしの中に残って消えない記憶。

みんな授業を聞いているのに、わたしとあなただけ、シャーペンの芯でコミュニケーションを交わす。

あなたの手を、わたしが刺す。ふたりで笑う。


あのときの言葉の意味、どうしてそんな言葉をわたしにくれたのか、教えてくれませんか。

あのときわたしはシャーペンを刺すべきだったのかな。

シャーペンなんか刺さずに手をとってあげればよかったのかな。

あなたにとってあの儀式はどんな意味を持っていたのかな。

わたしはあなたにとって傷つけてほしい人だったのかな。

その心に何を抱えていたんだろう。幼いわたしはあなたの奥まで見通せるようなそんな器用な人じゃなかった。ごめんね。

あなたの望んだことをしてあげて、それであなたが笑ってくれるなら、わたしは幸せだったよ。

わたしはあなたを傷つけたくはないよ。

だからどうか、あのときあなたの心は傷ついていませんように。

もしあなたがこの文章を読んでいたら、どうかわたしに教えてください。

あのときの言葉の意味。どうしてわたしにその手を差し出したのか。

わたしの心には、ずっとシャーペンが刺さったままだよ。


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