書評 峯山政宏『なぜ?シンガポールは成功し続けることができるのか』

2022年度「サギタリウス・レビュー 現代社会学部書評大賞」(京都産業大学)

図書部門 特別賞作品

「今、私たちが学ぶべきもの」

久我幸生 現代社会学部現代社会学科 2年次

作品情報:峯山政宏『なぜ?シンガポールは成功し続けることができるのか』(彩図社、2018)

 日本の未来を担う若者は本書に感化されるに違いない。何かワクワクしたものに突き動かされるだろう。私たちは、日本はアジア最高の経済大国で、安全面・交通整備は言わずもがな世界のトップだと信じてやまない。本当にそうだろうか。私たちはアジアで一番の経済大国だろうか。答えはノーである。IMFによると日本の2021年度一人当たりの名目GDPは世界27位[1]で、OECDによる2016年度世界平均給与ランキングでは、25位[2]となった。さらに、少子高齢化が進み2045年には1人の高齢者を1.4人の生産年齢人口で支える時代[3]が到来する。日本は誰も体験したことのない壁に立ち向かおうとしている。

 しかし、この現状に悲観的になる必要性は皆無だ。むしろ好機と捉えるべきだ。この「無い無い尽くし」の状況からわずか50年足らずで世界の経済大国にのし上がった国をご存知だろうか。その国こそシンガポールである。2021年時点でシンガポールは一人当たりの名目GDPは5位[1]になり、いまや金融・物流のハブ国として世界に君臨している。しかし1965年、今から約50年前にマレーシアからの分離独立した際は前途多難の出発だった。当時のリー・クアンユー元首相の涙の独立記者会見は今でもシンガポール国民の心に刻まれている。

「それは苦悩の瞬間だった。人生を通して、これほどの苦悩を味わったことは一度もない。私は頑なにマレーシアとシンガポールの合併と統合を信じていたし、両国は、地理的にも経済的にも、社会的にも結ばれているのである。それが、私たちが拠り所にしていたものが崩れ落ちたのだ」

一国の最高権力が涙を流さなければならない程、シンガポールは何もない国だった。「ない」をあげればキリが無い。国土がない。資源がない。技術がない。水がない。軍事力がない。統一民族ではない。統一言語がない。加えて、北は追放されたマレーシア、南にイスラム大国インドネシアで周りに助けを求められる環境ではなかった。この絶望的な状況から約50年後シンガポールが世界で有数の金融・物流のハブになると予想した人はいるだろうか。

 筆者は本書の中でこう綴る。

「シンガポールの歴史は世界史の奇跡と言っても過言ではない」

私も全面的に同意する。私は、約50年前のシンガポールと比較し、日本は恵まれていると断言できる。技術はある。観光地がある。数千年の歴史がある。国土がある。日本の「失われた30年」「無い無い尽くし」と悲観している現状をどう変革させるのか。本書ではそのヒントが隠されている。私たちは今こそシンガポールの歴史と戦略から学びを得る必要がある。

 本書の著者である峯山政宏氏はシンガポール現地法人勤務経験がある。故に、本書の中では国民の生の声が度々登場し、生の情報が多いことが特徴だ。さらに、著者はドバイ・北マリアナ連邦でも職務経験がある。故に、シンガポールをより俯瞰した視点が多く見受けられ、日本対シンガポールだけの比較ではない、より視座の高い視点が組み込まれている点でも優れている。また、段落ごとにまとめが書かれているので体系的に理解しやすい点も評価できる。

 本書は、シンガポールの「戦略」「歴史」「未来」の3部で構成されている。「戦略」では、シンガポールの国家戦略を中心に描かれている。本書の醍醐味と言っても過言ではない。本章では主に教育・観光・言語・民族・資源・金融・人材など幅広い視点からシンガポールの国家戦略を解説している。実際、私は本章に一番感銘を受けた。シンガポールの頭脳たちの短期・中長期国家戦略を構造的に解説されているだけでなく、図解も記載されているので二次元でも理解しやすい。「歴史」では、地政学・歴史の観点から現代においてなぜ繁栄したかを解説している。時は遡り、イギリスの植民地時代の政策などに言及されており、非常に興味深い。また、シンガポールの人種構成の歴史にも触れられており、日本との違いに驚くに違いない。「未来」では、現在における長期的な国家戦略について解説されている。特に私は、現代における繁栄をいかに持続可能なものにするかという観点が興味深かった。世界史を見ると、世界は繁栄と衰退の繰り返しだ。約100年前の人は、大英帝国が衰退し、米中が対立することを誰が想像できただろうか。それほど繁栄し続けることは難しいのである。この難題に挑もうとするシンガポールの戦略・政策は日本人が最も学ぶべき点であるかもしれない。

 本書には多くのデータが用いられている。しかし、3D円グラフの各所での使用方法は改善点に値する。3D円グラフは3Dで表現されているが故に空間の差を認知し辛く、他データとの比較が視覚的に困難だ。本書はデータ毎にグラフの作り方を見極め読者に数値を正確に伝えることが必要になる。

 日本は今、未曾有の課題を抱えている。しかし、悲観的に現状を批判するだけでは何も始まらない。現状を知り、未来を予測し、建設的な議論で未来に繋げていく必要がある。そのために他国の事例から現代における成功のヒントを探ることが不可欠だ。ソクラテスはこう遺した。「無知は罪なり、知は空虚なり、英知を持つもの英雄なり」知らないことは罪で、知識があるだけでも空虚だ。知識と行動と勇気を兼ね備える者こそが英雄だ、と。本書から学び、英知を切り拓こうとする人が増えることを信じてやまない。

 

【参考文献】

[1] “世界の1人当たり名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)”, Global Note, 2022/10/6, https://www.globalnote.jp/post-1339.html

[2] “OECD DATA”, Average wages, 2021, https://data.oecd.org/earnwage/average-wages.htm

[3] 公益財団法人 生命保険文化センター, “少子高齢化はどれくらい進むの?”, リスクに備えるための生活設計, https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1159.html

〈審査員の評価ポイント〉
文中の切り抜くポイント、文章の組み立てが非常に綺麗だった。

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