書評『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』

2023年度「サギタリウス・レビュー 学生書評大賞」(京都産業大学)
図書部門 奨励賞作品

「安楽死と尊厳死について考えるために」
土井博斗 生命科学部・産業生命科学科 3年次

作品情報:安藤泰至『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』(岩波書店、2019)

最近ではALS患者嘱託殺人事件の判決が出た。死を望んでいたALS患者が自ら死ぬことが出来ないために医師に嘱託した結果、起きた事件である。結果的に医師は嘱託殺人罪で起訴され、実刑2年6ヶ月となった。私はこの事件を受けて安楽死は良いのか悪いのかと考えるようになった。しかし、考えようにも安楽死について知らないことが多いと感じ、この本を手にした。

安楽死と尊厳死という言葉がある。しかし、その意味は曖昧であるとともに社会の共通認識があるとも言い難い。何が異なるのかと疑問を抱いている人も多い。言葉の定義が明確になっていないのだ。安楽死と尊厳死に対する理解がなければ、その事象を認めるべきなのか、認めないべきなのかそれらのことを判断するのは困難である。死を扱う言葉が曖昧であることに危機感を感じる。

言葉だけではない。病気についても理解が進んでいない。例えば、筋萎縮性側索硬化症ALSだ。手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気だ。時間が経つにつれてどうなるのか、治療法や当事者の痛みや苦しみを本当に世間は理解できているのだろうか。本書の1章と2章はそのような認識を確立させると共に議論の前提を作ることが出来る。

3章と4章では安楽死と尊厳死が良いか悪いかだけではなく、なぜ社会でそういった現象が起きてしまうのか、なぜ安楽死を望んでしまうのか、そこには社会の構造的な問題があるのではないかという問いを投げかけており、非常に示唆的な内容になっている。問題の本質を捉え、議論の視野を広げることができる。

本書の終わりに、では「私たちは、「死にたい」と言っている人が「死にたくなくなるような手立てを十分に尽くしているのか?」という社会に対して問いを投げかけている。私自身、安楽死は難病患者の救いになると賛同していた。しかし、私の考えは、よく死なせるということに比重を置きすぎていることに気付かされた。患者の支援よりも、安楽死や尊厳死という「死」を選択することが視野に入っている今の医療に警鐘を鳴らしているのだ。著者は「生きたい」と思わせるために何ができるか、今の医療従事者等に呼びかけている。

本書はタイトルの通り、安楽死と尊厳死を考える前に知っておくべきことが書かれている本である。関心を持った際には是非手に取ってほしい本である。