[小説]世界の漫画

漫画が売れた。

小さい頃から絵を描くことが好きだった。小学生の時に自分で描いた漫画を友達に見せたら、みんな好きだと言ってくれて、喜んでくれた。とてもとても嬉しかった。そこから私の夢は漫画家になることだった。

夢を叶えるためにたくさん努力した。夢のために全てを捨てた。犠牲にした。全ての時間をより良い漫画を描くために費やした。絵の勉強はもちろんしたし、ありとあらゆる先人達が描いた漫画を読んだ。漫画だけでなく、映画や小説、音楽も漫画のためになると思いたくさんの作品に触れた。小学生の時とは違い、中学生、高校生になって独りで絵を、漫画を描いていると孤立していった。私の中学、高校時代に青春はなかった。

高校を卒業すると漫画の専門学校に通った。同じ夢を志す仲間がいることに気づいたし、嬉しかった。徹夜で語り合ったこともあった。楽しかった。

専門学校卒業後もアルバイトしながら使える時間を全て漫画に費やした。ひたすら漫画を描き続け、出来上がった作品を新人賞に何度も送った。ずっと結果は出なかった。

気づくいたときは、かなりの年齢になっていた。かつて夢を語り合った仲間はいなくなり、自分の周りはそれぞれ新しい人生を歩んでいた。叶わぬ夢を追っていた自分。今や自分より下の世代がどんどん新しい漫画を売り飛ばしていた。

もう自分は終わった。自分の人生は終わった。そう、思った。

次が最後の作品。そう思って作品を描き上げ、いつも通り新人賞に送った。見事入賞し、週間の漫画雑誌に連載が決定した。死ぬほど嬉しかった。ずっと迷惑をかけていた両親も泣いて喜んでくれた。

漫画家として連載を始めた。まるで夢のようだった。例え人気がなくて打ち切りになっても、人生で一回だけでも連載することが出来たのだから別にいいと思った。だから読者のことなど全く気にすることなく、自分の好きなことを描いた。何も考えず、ただただ自分の描きたいことを描いた。周りからは訳のわからない漫画に映るだろうと思った。つまらないクソ漫画だとボロクソに叩かれるだろうと思った。絶対にすぐに打ち切られると思った。

漫画は売れた。とんでもなく売れた。

すぐにアニメ化は決定し、アニメの出来も大変素晴らしいと評価された。続編のアニメーション映画は日本の映画史上、最高の興行収入を叩き出した。他にも自分の漫画に関わる全ての商品、コンテンツが売れに売れた。自分の漫画は社会現象になり、日本だけでなく世界からも高く評価され、歴史上、最も売れた漫画になった。

自分の漫画がなぜ売れたのかわからないけれど、素直に嬉しかった。

自分の漫画は完結しても評価は落ちることなく、上がり続けた。連載が終了して初めてネットやTVを見た。連載中はただ起きて漫画を描いて寝るだけだったので、世の中がどうなっているのか知らなかった。

そこには全く違う世界があった。

たくさんの批評家が自分の作品について議論していた。それは自分が全く考えていないことを指摘していた。例えば、あのシーンは日米安全保障条約やこの時代の政治のメタファーとして描かれているとか、10巻から20巻のプロットはインド神話の話を基に描かれているとか議論されていた。私は何も考えなかった。日米安全保障条約や政治のことは全く知らないし、インド神話も全く知らなかった。

自分の漫画に登場するキャラクターの思想を体現した政党が出来上がり、与党となっていた。つまり自分のキャラクターの思想がこの国の政治方針になっていた。

自分の漫画のセリフがどこかの国の憲法の一つになっていた。

自分の漫画の中で死んだキャラクターに感情移入し過ぎて、世界の人口の4分の1が自殺していた。

自分の漫画の敵役と同じ考えを持つテロ集団が現れたことや自分の漫画の影響により、世界中の国を巻き込む戦争をしていた。地球は核汚染によってほとんどの地域に人間は住めない状況になっていた。

株価は暴落し多くの会社は倒産。連載を開始したとき存在していた全ての貨幣はなくなり、世界中の大国含め多くの国は消滅し、また新しい国が作られていた。

作者である自分を神であると崇め讃える宗教が創設され、自分を模した仏像が世界中に作られていた。一つはアメリカの自由の象徴の代わりに自分の仏像が立っていた。

統計調査によると自分が漫画を連載し始めた年に比べ人口は100分の１まで減少しているようだった。

私は自分の漫画を恐れた。自分で描いた漫画が何か得体のしれないもののように思えた。

「全く飛んだ茶番だよ。君は何を勘違いしてるんだい？
僕を生み出したのは君だよ。間違いない。君が指先に持ったペンから僕が描かれていったんだからね。

でもね、僕は君のものではないよ。

大体君は自分の意思で僕を生み出したと思っているのかい？君は自分にどんなものがどの程度影響を与えているか把握しているというのかい？
君は自分がどう考えを持っているのか、どんな知識を与えているのかわかってないのさ。君の意識は思い出せないだろうけど、君の頭の中には学生時代に勉強した歴史や科学の情報が入っている。今までに観た映画や読んだ小説の情報が入っている。そういった情報を基に君は無意識に作品を作ってしまうんだ。

もちろん、どんなものを作っているのかさえ創作者にはわからないんだ。その作品が誰かや世界に与える影響なんて創作者にわかるわけがないだろう。

無論、君だけじゃない。全ての人間がそうさ。世の中には、あの作品を作ったのは俺だ、なんて他人に対して自慢げに偉ぶってる奴もいるけどちゃんちゃらおかしいね。お前があの作品を作ったんじゃない。世界や時代がお前を通して、あの作品を作ったんだ。

君は今頃、僕を恐れているのかい？自分で生み出した僕に？何を傲慢にも勘違いしているんだ。僕を生み出したのは君じゃない。ただ世界が君を通じて僕を生み出しただけだ」

僕の漫画はそう言った。