[小説]欲しい理想

「お疲れさま。やっとプレゼン終わったね。それで今日クラスの打ち上げっていうか飲み会があるんだけど、良かったらどう?」
「そうなんだ。あ、えーっと、今日バイトあるんだ。だから今回は無理かも。誘ってくれたのにごめんね」
「ううん、わかった。じゃあ次の機会にね」
そう言ってみんながいる席の近くに戻る。
彼は荷物を片して教室を出て行った。

「な、だめだって言ったろ」
「そうだよ、いつも来ないのに、わざわざ声かけるとか和希は優しいね」
みんなが俺にそう言う。
「まあ、俺も多分来ないだろうなって思った。ただ何も言わずに打ち上げするのは悪いかなってね。一応声かけただけ」
「そんなのグループチャットで言ってんじゃん。反応しなかったってことは興味ないってことでしょ」
そんな事を言いながらみんなで教室を出て予約してあるお店に向かう。

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荷物をそそくさとまとめると僕は教室を出る。
声をかけてくれた彼の周りの何人かの視線が自分に集まっているのを感じる。
こんな僕に声をかけてくれるなんていい人だったなあ。
キャンパスを歩いて駅に向かう。
入学式も終わり、去年と同じように新歓騒ぎで大学全体がフワフワした雰囲気だ。
そんな雰囲気を僕という殺風景な物質が斬り歩いているみたい。

駅に着くとカバンから本を取り出して電車が来るのを待つ。
そうしていると聞き慣れた声が聞こえてきた。
あいつだ。あいつが誰かと喋っている。
無視して本に集中しようとする。

あいつの声が止まる。
まずいか?

「おーい、xx何してんだよ」
まずかった。やはり気付かれた。
いつも通りヘラヘラした顔でこっちに向かって歩いてくる。

「あれ?チカの知り合いさん?」
あいつと一緒にいる人がアイツに聞く。
「そうそう。えーとね、幼稚園、中学、高校と同じなの。で、大学も同じ」
「へえ、すげえな」
「ついでに言うと浪人の時の予備校も同じ」
「マジか、ずっと一緒じゃん。お前らホモか」
「ちげーよ」
「あ、でも、小学校だけ違うんですよ」
そう僕が付け足す。
ああ、わかるよ、その顔。なんでお前ら全部一緒じゃないんだよってね。いや自分でもそう思うよ、申し訳ない。
相変わらずヘラヘラした調子でチカは話を続ける。

僕はチカと一緒にいる人と面識がなかったのでお互い軽く挨拶を交わす。
「お前、今からどこ行くの?」
「家に帰るだけだけど」
チカに聞かれた僕はそう答える。
「...そう」

電車が来た。

電車の中で三人で立ちながら会話をする。チカと知り合いは経済学部で僕は文学部だけど同じ文系の学部だしまだ二年生だから同じ授業を履修していたから共通の話題で適当に話を進める。
「あ、俺次で降りるわ」
チカの知り合いがそう言うと僕に向かって
「せっかくだし、連絡先交換しませんか」
そう言ってくれたのでお互い連絡先を交換する。
「インスタとかやってます?」
「あ、すいません、僕やってないんですよ」
「あ、そうですか」
そう言うと電車が次の駅に着いた。
挨拶をして彼は電車から出て行った。

二人で並んで吊革に手をかけながら、ぼんやり窓の外を見ながら話す。
「チカもこのまま帰るの?」
「そう。つかお前まだインスタやってないんだな」
「やってないね。何悪い?」
「いや、別に悪くないよ」
本当に僕を非難するでも何でもなく、そう答える。
「でも、なんかちょっと困んね?周りと連絡とかどうやって取るの?」
「ラインがあるだろ」
「いや、そうなんだけど、なんか軽く連絡取ったりするの俺はよくインスタとか使うからさ。なんか周りの投稿とかで、この人今こんなことしてんだーとかわかるし」
自分のことを思い出しながらチカはそう言う。
「別に僕、周りが何してるかとかあんまり興味ない」
「ああ、まあお前そんな感じだもんな」
今度もまた何とも思っていないようにそう言う。

「そういや、お前の取ってる授業、今日打ち上げじゃないの?」
少し驚いた。
「なんで知ってるの?」
「いや、なんか知り合いがその授業取ってて今日打ち上げだって言ってたから」
知ってはいたがチカの交友関係は狭くない。
「行かないの?」
「...行かない、面倒くさい」
「そっ」
「昔はそういうの行ってたんだけどね。最近はあんまり行かなくなっちゃった」
「ああ、確かに。xx、中学の時とか打ち上げ行ってたもんね」
「まあ、あの時はね。楽しかったし」
チカが窓じゃなくて僕の顔を横目で見ながら聞く。
「じゃあ、今は楽しくないの?」
少し言葉に詰まる。本当にチカに言ってしまってもいいんだろうか。もしかしたらコイツを少し悲しませることになるのかも。そんなことを少し考えて言葉を探しながら僕は答える。
「僕、もう今まで結構楽しかったんだよ。中学も高校もなんだかんだ楽しかった。なんかもう十分楽しんだ気がする。だから世界や僕の人生ってこんなもんなんだって、僕納得しちゃってるんだ。うん、こんなもんなんだよ僕なんて。だからもう僕いいんだ。もう余生みたいなもんなんだ。あとはゆっくりと死が来るのを待つだけ。まあ日本の平均寿命と僕の今の年齢を比べると随分長く待つことになるかもなぁって感じだけど」
言いながら少し胸がキュッとする。はっきりとなんでなのかはわからない。なんだか気恥ずかしい。まるで自分の小学校の作文を誰かに見られてる気がする。

「へえ、そう」
返ってきた返事は思った以上に普通だった。こいつ、僕は今作文見られたんだぞ。お前のも見せろや。
そんなことを僕が考えているとはつゆ知らず、チカは僕に聞いた。
「えーとだから打ち上げにも行かないってこと?」
説教するでもなく、いつもと同じ顔でただ疑問に思ったことをチカは聞いている。
「こんな僕と一緒にいても楽しくないでしょ。だって普通みんな夢や希望持って生きてるんでしょ、チカみたいに」
僕はチカにそう答える。そう、普通はみんな夢や希望を持ってるんだ。僕だけが、あとは死ぬだけなんてその時を待ってるんだ。僕は普通じゃないんだ。
「うーん。まあ今すぐ死んでもいいよって風にはならないかなぁ」
そりゃ、そうだ。チカが今すぐ死んでもいいと思っているわけない。
「ね、そうでしょ。みんなそうだよ。それなのに僕みたいのが打ち上げ居ても意味ないでしょ。楽しくないでしょ。僕も楽しくないし、多分相手も楽しくない。みんなまだ二十代なんだよ。人生で二十代ってきっと大切な時期なんだと思う。それなのに僕がその相手の大事な時間を使っちゃったらまずいでしょ。可哀想でしょ。意味のない時間を過ごして欲しくないなって思っちゃうんだ」
そうだ。僕は人と会っちゃいけない。その人の大事な、大切な人生の時間の一部を僕なんかが使ってしまう。だから僕は誰とも関わらなければいいんだ。僕が他人に対して冷たくすれば、失礼にすれば、みんな僕のことを嫌うだろう。そう、嫌ってくれて構わない。僕を嫌ってくれ。こんな僕に誰とも関わって欲しくない。
なんだかやっと誰かに言えた。今まで考えていたことの一部をやっと初めて誰かに言えた。
「へえ、そう」
いつも通りの口調でチカがそう言う。こいつは僕の言ったことが本当にわかっているんだろうか。まあ、いいや。僕は僕は考えていたことをやっと言えたことに一人で少しちょっと感動していた。
「そういえばさ、タニが再来週に一緒に高尾山登ろうって言ってて、お前にも声かけるように言われたんだけど来れる?」
目的の駅に着いたので二人で電車を降りながらチカがそう言う。ちなみにタニと言うのは僕らの高校時代の友人だ。きっと仲の良かった僕とチカとタニとおそらくいつもの何人かで高尾山に行こうということだろう。楽しそうだな。
「うん、行くよ」

でも現実の僕はこれだ。誰とも関わりたくないと言いながら僕はチカ達について行く。本当はチカも突き離さなきゃいけない。自分にとって大事な人であればあるほど自分と離さなきゃいけないのに、それが出来ない。僕のエゴ、わがままに付き合わせてしまっている。中途半端だ。さっきだってそうだ。今まで楽しかった、もう十分、自分の人生こんなもの、あとは死を待つだけ。その言葉たち、思想たちは嘘じゃない。でもきっと自分の100%でもないのだろう。どこかで、それでも、そうであって欲しくない、と思っている自分がいる。中途半端。あーもう、これが嫌なんだよ。こんなの誰かに知られたらまずい。だってこんなのありきたりすぎる。そう、ありきたりだ。


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わかってるよ。いや、今までだってわかってた。

お前が昔は楽しそうにしてたこと。そして徐々に何かが消えていったことは感じてた。

お前は何かにきっと失望したんだろう。それはこの世の中かもしれないし、お前という存在なのかもしれない。俺とお前ほとんど同じ環境で生きてきたのに、勝手にお前だけそうなった。まあ、俺たち同じ人間じゃないからな。

だから何も驚かない。お前がうだつの上がらない、生きる屍みたいになってて、死を待ってるだとか言ってもね。だって俺もそう思わないことはない。でも、お前よりそう思う度合いが少ないってだけだよ。俺はそんなことあるかって思うんだから。きっとお前の中にもそんなことないって思ってる部分が少なくてもきっとどこかにあるんだと思う。この世で、何かが"ない"って証明することは相当難しいからね。

お前は自分と関わるのが可哀想って言ったよな。それは多分きっと俺やタニにもそう思ってる部分があるんだろう。
でも、お前は俺が誘ったことに付いて来ると言った。今でも俺とこうして話してる。それはお前が言ったことと矛盾してるんじゃないのか?
いや、でも多分俺が言わなくたってお前はそのことに気づいてるんだろう。そして、それがお前の中でどういう意味を持っているのか俺にはわからない。

でも、きっとお前も俺の中でそれがどういう意味を持っているのか、わかってないのかもしれないな。お前はお前で手一杯だから。

お前は誰とも関わりたくないはずなのに俺や俺たちについて来る。それが何を意味するのか。

俺にとってそれはお前のエゴが生み出したものなんだって俺は都合よく解釈出来るよ。頭ではわかってるはずなのにお前は俺たちについてきたくなったってことだ。

お前最高だよ。だからお前が俺を切らない限り、まあたまには一緒にいてやるよ。


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