[小説]悪魔の作品

目が覚める。午後1時。

昨日も寝ないで漫画を描いていたらいつの間にか朝になっていた。まあ金曜日だし今日はバイトもお休み。いくらでも好きに時間を使えるから問題ない。

起きてぼーっとしたまま顔を洗い、台所に行ってお湯を沸かす。お湯が沸くとコップにやっすいインスタントコーヒーの粉末を入れてお湯を注ぐ。狭い我が家にコーヒーの匂いが漂う。

火傷しないように一口コーヒーを啜り、机の前に座ってパソコンを起動。
先週、ネットにあげた漫画を見てみる。

そう、私は漫画を描いている。漫画を描いていると言ってもプロの漫画家ではない。新人賞を取ったこともないし、雑誌に連載したこともない。じゃあ趣味かと言われると少し違う気がする。バイトしてお金を稼いで残りの時間はほとんど漫画を描くことに使ってる。昔から漫画は好きだった。色んな作品を読んでなんとなく自分でも漫画を描くようになった。その流れでいい歳した大人になった今でもずっと漫画を描き続けてる。周りの友達は結婚したとか子育てが大変だとか言ってる中私は漫画を描いてる。幸い私の家族はあんまり私に興味ないし、友達からは変わり者扱いされてるからか、世間からの冷ややかな目線にもとっくに慣れた。どんな風に思われようと言われようと、私の人生を生きているのは私だ。誰が文句を言おうと知ったこっちゃない。

前から描いた漫画をネット漫画サイトに上げている。そのサイトでは誰でも自由に漫画をネットに上げることが出来て、その漫画に対していいねやコメントが書けるようになっている。私はずっとコンスタントに短編漫画を描いては上げていてたくさんの作品がそのサイトにあるからか、少しずつ多くの人に私の漫画を見て貰えるようになってきた。
あんまり人の目は気にならない方だけど、作品の閲覧数が増えてくれるのは素直に嬉しい。自分では「これはすごい作品だ」と思って描いた作品が思ったより人気が出なかったり、適当に描いた漫画が人気が出たりと、世の中不思議なものだなぁと思いながら、その日もコーヒーを飲みながら自分の漫画の評価をボケっと見ていた。

いくら自分の漫画達に対するレビューやいいねの数を見ても何かが変わるわけじゃない。そう思いながらそのサイトを消して、朝まで描いていた漫画の続きを始める。今描いてる漫画は売れない絵描きがいつも言ってる派遣のバイト先で正社員にいじめを受けて、その正社員を殺してしまうお話だ。これは自分が派遣のバイトで正社員にすごい上から目線で物を言われたことから着想した話だ。別に私はその正社員からいじめらている訳ではないが、まあ割とイラッときたので漫画の中ではいじめられていることにして主人公に殺してもらった。

現実では誰かを殺すことは出来ないけど漫画の中ならそういうことも出来る。そういうことが出来るのは創作作品ならでは魅力だと思う。自分が社会では出来ないことを作品の中でやり、それを世の中に公表する。これは一種の背徳感というか快感になる。なぜかスッキリするし。今の日本では言論の自由が認めらているし、何を描いても言っても罪にならない。これが世の中の規範というものや価値観を広げているはずだから、作品というのはすごいものだなと感心するし、自分がその役割を担っていると思うとワクワクする。

そんなことを思いながらその漫画を描いていた。
なんだか調子が良くてその週末でその漫画を描き上げることが出来た。いつも通り漫画サイトに描き上げたばかりの漫画をアップロードする。
アップロード完了のメッセージが出てくるとパソコンの電源を消し、寝る準備をする。明日もバイトで早い。漫画を描き終えた充足感と共に布団に入り眠りに着く。

結果、予想以上にその漫画は世間に受けた。

今までにないほどの閲覧数、いいねの数がついた。たくさんのコメントの中にも「とても共感しました!」や「あ〜分かる。こういうウザイ正社員いるわ〜」というものがあった。

今回の漫画の影響からか、出版社の人から連絡が来て、読み切りの漫画を掲載することになった。

正直ここまでの反響があると思ってなかったから嬉しかったと同時に少し怖くなった。

そのまま、その漫画はクチコミで広まっていった。テレビ等でもネットで話題の漫画として取り上げられるようになった。自分の作品が独り歩きしてどこまで行ってしまうのかもうわからなかった。

ある日正社員の人が派遣のバイトに刺殺される事件が起こった。犯人は「ある漫画を見て主人公として同じことをしようと思った」と供述しているらしかった。私は青ざめた。何かとんでもないものをもしかしたら生み出したのではないかと疑った。
その事件を皮切りに似たような事件(つまり正社員がバイトの人に殺されるという事件)が日本中のあちこちで起きた。ニュースではとある会社の正社員の人が「次は自分が殺されてしまうかもしれない」とインタビューで答えていた。

日本中が私の漫画に対して物議を醸すことになった。この漫画のせいでこういった犯罪が増えたのではないか、という人もいたし、作品に罪はないと述べる人もいた。

私は人殺しと書かれた紙を住んでいた家と実家の玄関にたくさん貼られるようになり家族と一緒に引っ越すことになった。

家族からはなんであんな漫画を描いたんだと言われ、友人達からは縁を切られた。

やがて私は犯罪を助長した者として被害者の家族から訴えられることになった。私が裁判で負け、懲役5年の刑になった。世間は「漫画を描いただけで犯罪はおかしい」という声や、「たった5年でサイコパスが刑務所から出てくるのか。もしもっと重い犯罪を助長する漫画を描いたらどうなるのだ」という声もある。

私が今まで使っていた漫画サイトから私の全ての漫画が削除された。しかし、SNSやネットの掲示板で私の例の漫画が掲載されてネットの海から消えることはなかった。



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