[小説]失いかけている世界で

朝スマホの目覚ましで起きると今日の予定を確認する。
ああ、今日か。一昨日突然、友人に今日の夜会う予定が入ったことを思い出す。仕事が終わったらあいつに会えるのか。

顔を洗ってテレビをつける。コーヒー豆をミルに入れて挽きながら、テレビで天気予報を見る。今日は晴れ、快晴らしい。
「本日も皆様に画面越しではございますが、天気の情報をお届けすることが出来ました。ありがとうございました。私も皆様同様、この一瞬の幸せを噛み締めて生きていこうと思います。本当にありがとうございました」
いつも通り気象予報士さんが丁寧に挨拶をしてくれてお天気コーナーが終わった。

支度が終わるとアパートの玄関を出て駅に向かって歩く。お隣さんと挨拶をする。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。今日も良い一日をお過ごしください」
「ありがとうございます、そちらも良い一日を」

電車に乗って会社の近くの駅で降りる。
「本日も〇〇鉄道をご利用いただきありがとうございました。今日が皆様にとって良い一日であることを心から願っております」

会社に着いて上司、同僚、後輩に会って仕事をする。上司に話しかけられた。
「xxくん、今日は午後イチで、上がっていいよ」
「え、どうして…」
俺が上司の対応に戸惑っているといつもの優しい表情がもっと優しくなって応えた。
「今日は友達と会うんだろ。仕事はキリが良いところでいいから、早めに行って会っておいで」
「…お気遣いどうもありがとうございます」

結局俺は上司の言葉に甘えることにした。
午後三時。
「お疲れ様です。それでは、お先に失礼します」
「うん、お疲れ様。友達によろしくね」
丁寧に挨拶をして俺は会社を出た。

友人とは午後六時に会うことになっている。まだ時間はあるから、一旦家に帰ってゆっくりと支度をすることが出来た。

午後六時。葬儀所に着いた。

友人は、あいつは、死んだ。
自分の家の部屋で首を吊って死んだらしい。

葬儀所にはそんなことをするようには想像出来ないくらい、笑顔のあいつの遺影が飾ってあった。

燃えた、あいつの骨は何だか実が詰まっていて、少し重たく感じた。

この世界では人がよく死ぬ。それも大半は自死が多い。原因はまだわかっていない。
今の世の中、いつ誰の心に自死を選ぶときが来ていてもおかしくないのだ。俺だって明日突然死ぬかもしれない。今日見たテレビの気象予報士さんも、今日乗った電車の車掌さんも、俺の会社の上司も、次の瞬間にはこの世にいないかもしれないのだ。

このせいで世界の人口はもうすでに1000分の1まで減ってしまった。統計的数字から計算すると100年以内に人類は滅びるらしい。戦争での殺し合いでもなく、世界的感染病でもなく、自殺で人間は滅ぶことになるらしい。

「xxくんだよね」
葬式の流れが全て終わり、外でタバコを吸っていると話しかけられた。知ってる、あいつの仲の良かった女の子だった。
「そうだよね、xxくん仲良かったから、お葬式に来るの当たり前だよね」
しばらく沈黙が流れる。

「先週もあいつに会ったばっかりだったのにな」
俺が少しの沈黙を破る。
「一緒に焼肉食ったんだよ。そんときは元気そうだった。仕事だって新しい契約が取れて良かったって喜んでた。まさか翌週こうなるとはね。もうこれで俺はほとんど友達逝っちゃったかな」
「そうだったんだ。私ももうほとんど友達いないや」

また沈黙が流れる。

「私ね、実はちょっと怖いんだ。もしかしたら次の瞬間にはもう私いなくなっちゃってたりするかもしれないんだもんね。私いなくなったら住んでる部屋はどうしようとか、こうやってお葬式開いても誰か来てくれるのかなとか、考えると少し怖くなっちゃうんだ。xxくんは怖いとか思ったことない?」

少し考えながら俺は喋る。
「今のこの世界で少しも怖くない人なんかいないと思うよ。今までの時代もそうだったかもしれないけど、みんな不安を持ちながら生きている。いつ死ぬかわからない今の時代なんて尚更じゃないかな。でもだからこそ、一期一会というか、今生きている人に優しくできる世界なんじゃないのかなとも思うよ」


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