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【小説】 母はしばらく帰りません 34

結局、光太郎がやって来たのは、

もうお昼に近くなってからだった。

「何やってたんだよ!」

と、輝子もタマールも声をそろえて噛み付いたが、

「ごめん、ごめんってば! 

ケータイのチャージが切れちゃってさ」

充電が切れていることに気づかず、

バイトの後そのまま友達と明け方まで飲んでいた、

と言うことだった。

本当かよ? どっかで浮気してたんじゃない? 

と輝子はこっそり思ったが、

タマールの為に口にはしなかった。

光太郎は初めて会う姪っ子に、一目で夢中になった。

「テルちゃん! こんな可愛い子をありがとう! 

ありがとう!」

と、ルチアを抱いて、涙を流さんばかりに感激していた。

「父親か、お前は?」

「でもさ、俺にそっくりじゃない、この子?」

「バーカ。冗談じゃないよ」

と、輝子は言ったが、実はずっと同じことを思っていた。

「大人になったら、エレノアさんみたいな感じになるかもね」

と、眠い目をこすりながら、タマールが言った。

そうか、そう言うこともあるか、

と輝子は内心驚いていた。

女の子なら、自分よりも母や弟に似てくれたらいい。

「そう言えば、母さんたちに連絡しないとね、無事に生まれたこと」

「電話しといてよ、コタロー」

 輝子の妊娠を知ってから、

 母はほぼ毎日のように電話をかけてよこしていた。

「産まれたらすぐに行くから、知らせてちょうだいね」

と、張り切る母に、輝子は慌てた。

「いやいや、いいよ。すぐ来てくれなくても、

一ヶ月くらいして、こっちが落ちついてから来てよ」

「何言っているの。産んでから最初の一ヶ月が大事なのよ。

家事なんて一切しちゃいけないんだから。

だから私がテルちゃんを産んだ時は、

桃子おばあちゃんが帰国して、私の世話をしてくれたのよ」

「へええ! そうだったんだ」

輝子はひさしぶりに、

亡き祖母のことを、懐かしく思い出した。

「いや、でも、私は大丈夫だから!」

「でも……」

「マティと二人で頑張るから、さ。

ね? 頼むよ」

それでも渋る母を半ば

無理矢理に押し切ったのだった。

わざわざ来てくれよう、と言うのはありがたいが、

しかし母に口を出されるのは面倒だ、

と言う気持ちの方が大きかった。

母にうるさいこと言われずに、

のんびり自分のペースで赤ん坊の世話をしたい。

それに元々は、本当にマティアスと二人で

力を合わせて頑張るつもりだったのだ。

料理は輝子と同じくらいダメだが、

家事は普通にできるし、仕事も割と時間にフレキシブルだし、

本人も張り切っていた。

「テルちゃんさ、母さんたちにマティアスのことは言ったの?」

「いやあ、実は言っていないんだな、まだ」

「えー! それはまずくない?」

「まあ、いずれバレることだし……。

 心配かけたくなかったんだよ」

「そりゃわかるけど」

と、光太郎も同情的だった。

言えるわけがなかった。

出産まであと一月もないという時に、

子供の父親である夫が、

「やっぱり俺には無理だ!」

と、出て言ってしまったなんて、親には言えるものではなかった。


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