おうちdeベイビーシアター『What’s Heaven Like?』テクニカル・セッティングについて
※この記事は、ベイビーシアター上演の裏側を、技術スタッフの目線から書いた記事です。プロフェッショナルの方、文化芸術関係者にお読みいただくことを意図しています。
久々にブログを書きます。ベイビーシアターに関連した記事を公開で書くのは初めてなので、簡単に自己紹介をします。
私は、舞台技術者で、舞台・映像の仕事をしています。(今は文化施設で小屋付きをやっています。ちなみに日仏翻訳・通訳もやっています)
「ベイビー・シアター」にはシアターカンパニーBEBERICAさんの技術スタッフとして、2017年から関わらせてもらっていて、今回、金沢21世紀美術館での企画も、テクニカルコーディネーターとして携わらせてもらいました。
一にも二にも、現場で上演を支えてくれた振付&演出助手の長屋さん、制作助手の星村さん、そしてキャスト・演奏家の努力があって、上演が成功したことを先に記しておきます。
●今回のテクニカルコーディネートの仕事
さて、私は以前は舞台監督として現場に入っていたのですが、BEBERICAさんの舞台の規模が大きくなるに連れて、本業との兼ね合いがつかなくなってきたので、舞台監督の役柄は退いて、技術的な助言をする裏方の裏方に回るようになりました。
今回は、劇団としても、また美術館としても初めての試みである「ベイビーシアターのオンライン配信」という依頼になりました。元々は美術館で上演する予定だったので、そのつもりで準備をしていたのですが、コロナ禍でオンライン配信に変更となりました。そこで、今回の現場では映像配信環境および配信現場の機材の選定・調整・手配を私が担い、現場での仕込みや調整は、演出助手の長屋さんにお願いすることにしました。
配信上演は、もう既に「当たり前」のことになった舞台業界ですが、舞台人には単にリアルな現場の調整だけではなく、一般家庭の視聴環境を想定した映像配信知識も求められるようになってきていることかと思います。
そこで、BEBERICAでは「キット」(家庭で上演環境を用意するための小道具と、簡単にセットできる大道具)を各家庭に送り、zoomで芝居の上演をオンライン配信する、というスキームを演出家が提案しました。
●子供向け演劇という予算のない世界
業界にいる人もそうかもしれませんし、また一般家庭でお子さんを育ててNHKを見慣れている人には想像がつき難い世界かと思うのですが、子供向けの演劇の一公演あたりの予算は、極めて低いです。(この点については、私よりももっと詳しい人が書いた方が良いと思うので、そちらにお譲りします。)
当然、美術や小道具、衣装は手作りになるし、音響照明などの外部スタッフを雇うお金はありません。俳優にギャラが出せるといっても、雀の涙ほどで、自主制作に比べたらまだマシとは言えるかもしれませんが、「クオリティの高い作品」を作る環境は、全くありません。
なので、映像配信をするといっても、高性能な機材を用意することはできません。また、スタッフを雇うこともできないので、ギミックの凝ったオンライン上演をすることもできません。
例に漏れず、BEBERICAさんも、ほかの子供向けのお芝居をやっている劇団と同様に手弁当で、手作りで作品を作ることになります。ただ、当然ながらその時に「子供騙しの」というと悪い言い方ですが、「アットホームな」「親しみの持てる」素材や機材を使って作品を作る、ということになると、「ダサい」ものになりかねません。
BEBERICAさんはいつも美術を凝っており(それでもスタッフさんはプロであるにもかかわらず雀の涙のギャラしかもらっていないので、ここがいつも課題ですが)、低い予算の中でも見栄えのする演目を上演しています。
2017年から、機材に関してはプロユースのものを少しずつ買い揃えるようにしていまして、まだ完全に揃っているわけではないのですが、今回の金沢公演ではほとんどの機材を自前のもので上演することができました。そのおかげで、予算を抑えることができています。ここは、他のベイビーシアターカンパニーにはないBEBERICAの強みの一つだと思います。
●舞台監督も制作もいない現場
私がずっと提案しているのは、「スタッフを雇わないで上演をする」ことです。
今回の金沢21世紀美術館での上演には、普通いるはずの舞台監督や音響、照明、はたまた制作スタッフはいませんでした。それでも、上演はうまく行きました!
多かれ少なかれ、美術館サイドや俳優には、不安を与えていたに違いありません。また、コーディネートをする私も、終始「私は現場にいないのでわかりません」とつっけんどんな答えをするばかりで、「え、じゃあどうするの?」という不安を現場がよぎっていたことだと思います。
もちろん、賛否両論はあるかと思います。
じゃあ、舞台のセッティング、音響や照明の調整、映像配信は誰がやっていたのか。それは、俳優・演奏家・振付家です。
●スタッフを雇わない二つの理由
これはあくまで私の独断であり、最後まで不安が付き纏っていたのには変わりませんから、その判断が「正しかった」というつもりはありません。しかし、二つの点から、こうするべき理由がありました。
・子供向けの芝居は、いつも予算が限られている。
・映像配信時代になって、誰でもが映像配信、編集技術を簡単に習得することができるのに、舞台人ができない理由はない。
ユーチューブ全盛期の今日、低予算だけれども高再生回数を稼ぐことができるようになりました。時間をかけて、手の込んだものが「良い」とされる時代ではなくなりました。逆を言えば、真に中身が問われる時代になり、「クオリティ」や「品質」で勝負ができる時代ではなくなったように思います。(もちろん技術者として、それは悲しいことだし、良いものに触れていたいという気持ちはありますが。)
そうした環境下において、パフォーマー自身が、自分たちの見せるべき、見せたいと思う作品の準備を整えて、どうしたらその作品がよく見えるのかということを考えながら、作品を発表するということは、必要なことのように思えます。
また、そうやって関係するキャスト・スタッフを減らすことで、予算の限られた子供向けのお芝居でも、作品を成立させることができるのではないかと思います。
準備までは私自身も不安でしたが、蓋を開けて本番を見てみたら、良い上演だった(いわゆるプロからしたら、もちろん改善点はありますが)ので、私は感動しました! 自分たちの手で、自分たちの機材だけで、こんな素敵なコンテンツを提供できるんだ(できるようになったんだ!)と実感し、数年来の私の願いがようやく実現したような気がしました。
●ベイビーシアターのオンライン配信のこれから
赤ちゃん向けの演劇、もしくは子供向けの演劇のオンライン配信の取り組みは、きっと今年も様々な企画で、様々な劇団が取り組むことでしょう。
金沢21世紀美術館とBEBERICAが取り組んだ事例は、とても貴重なケースになったことだと思います。(詳しくは、横田ではなく美術館ないしBEBERICAにお問い合わせください。)
ただ、上に書いたことと相反しますが、単独の劇団なり、単独の主催者がオンライン配信をすることにほとんどメリットはありません。(それは予算的な意味で、オンラインなので共同製作や買取は、劇場での上演よりもやりやすいはずです。オンラインにはオンラインの難しさがあるかもしれませんが。)
なので、オンライン配信事業をやるにしても、最低でも3館以上の共同製作をするべきだと思います。(とにかく、子供向けの事業は、お金がない!!!)
また、子供向けコンテンツのオンライン配信に批判的な立場はあると思いますし、その理由は分かります。ただ、少なくとも今年いっぱいは、一時的にせよオンライン配信のコンテンツ製作は、続くことかと思います。(文化庁からお金が降りるような枠組みもありますし。)
その意味で、今回の取り組みは、既存の映像配信のスキームではなくても、企画を成立させられるということを示すことができた、良い一例になるのではないでしょうか。
以上、簡単にではありますが、ベイビーシアターの裏側をお伝えさせていただきました。
<公演概要>
金沢21世紀美術館「ようこそ!ベイビー&こどもシアター」
おうちdeベイビーシアター『What’s Heaven Like?』/BEBERICA theatre company
2021年3月20ー21日上演(オンライン配信)