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勝手にチャレンジ1000 0013 みどりのゆび。

「みどりのゆび」という童話を読んだのは高校生の時でした。

さわるものをすべて金に変えてしまう力を持った王様は最後は愛する娘まで金になっちゃって自分のおろかさに絶望するのだけど、さわるものすべてにお花を咲かせちゃう、みどりの指を持った少年チトは、自分の力で全ての兵器にお花を咲かせて大砲から飛んで出てくるのは砲弾の代わりにお花になって、戦争をやめさせてしまうのです。

学校のお勉強ができないチトは、優しく賢いお父さんの考えで、学校をやめて実際の社会のなかで大人の仕事を見ながら学ぶことになります。
まず庭について学び、この時庭師の髭おじさんに、全ての園芸家が欲してやまない、みどりの指を自分が持っていることを教えられます。そして世の中のこと、規律や貧乏や病気、産業、戦争について学び、その才能は注意深く隠され、使い方を考えるようになります。

やがてある二つの国に戦争が起こり、それについて学んだときに、戦争は暴力だと認識し、また、お父さんの工場が両方の国に兵器を売ってもうけている仕組みを知ります。チトはなんとか戦いをやめさせようと考え、工場にある兵器に親指を押し当て花の種を仕込みます。そして、両方の国に買われていった大砲からは 砲弾の 代わりに花が飛び交い花合戦になって毒気を抜かれた二つの国は戦争をやめて休戦になりました。
ここまではファンタジーですが、ある意味予定調和的なものだとも言えます。

この度久々に読み返して、忘れてしまっていた細部や、 当時は気づかなかった一文など、単にファンタジーではない、面白いだけではない、戦争と平和や生きていくことの知恵、子供をどう育てるべきか等 を詩的に表現している 素晴らしい作品だと思いました。

戦争は終わったけど、ミルポワの兵器の評判はがた落ちで、大人は蒼白になり、大砲の中に花を咲かせたことが、大人たちの生活に重大な妨げをしたのだとチトはさとるのです。
そしてまた、おとなたちも武器の町ミルポワが成り立たなくなったらどうするか考えます。

チトのお父さんはとても賢く優しく良い人、で、兵器商人です。
じぶんのこどもをとてもかわいがっているのに、他の人の子供たちをみなしごにするために兵器をこしらえる矛盾、を、どう解決したものか、考えます。

「とつぜん方向転換をし、不運をまえににしてすばやく立ち直るのは、偉大な実業家にみかけられる」とあります。
そして、大人たちは兵器をうっていたことなどさらりと捨てて
「せんそうはんたいを花で」
という宣伝文句で花つくり工場、花の町として仕事にとりかかり再び成功し、繁栄することになるのです。

さて、それはよかったことなのかもしれないけど、チトにはすでに関係ないことです。
チトにはもっと新たで、最後の発見が待っていました。


余談だけど、萩尾望都のマンガのなかでポーの一族のエドガーとアランが幼いメリーベル?に、読み聞かせしてるひとこまに「チトは◯◯だったのです」と手書きで台詞が書いてあって、これは?!と思って嬉しくなったのだけど、あれは何の作品だったかな。

さて、チトは何だったのでしょう?
私は当時この終わり方にとても悲しくなったけど、こんな子供はこういう終わり方しかないのかもしれない、と、思ったりしました。
でも、今は、チトは◯◯でなくてもよかったのではないかな、と思ったりします。
全ての子供にも、大人にも◯◯が住んでいて、それぞれの心の庭を大切にしようと思えば、自分が自分の庭を大切にするように相手の庭も大切にするだろうし。

もう!わたしの庭をめちゃめちゃにしないでよ!という子供をまえにずかずか踏み込んで荒らしたり、爆弾落としたり毒ガスや放射能を撒くことはできないよね。
みんなの地球を守りたい気持ちになるなら、戦ってる場合じゃないよね。
みどりの指を持たない私たちは地道に土をつくり、種を蒔き、小さな芽に語りかけながら、花が咲くように、実がなるように、と大切に育てていかなければならないのだから、戦ってる場合じゃないのだ。

単純だけど、戦争よりも協力を。

いろんな花が咲くように。
2019年8月15日 終戦記念日

#gardenwork1000

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