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神影鎧装レツオウガ 第百二話

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Chapter11 決断 05


「正体、とな」
 腕を組む雷蔵《らいぞう》。逞しい腕の下で、デフォルメされた虎のワッペンが表情をくしゃくしゃにした。
「そうだ。俺の正式名称――ゼロツー。神影鎧装《しんえいがいそう》を最も効率よく運用するため、遺伝子レベルから魔術的な調整をされて生み出された人造人間。その二号被験体だったんだ、俺は」
 やや熱っぽい辰巳《たつみ》の口調を、巌《いわお》と冥《メイ》は自分のデスクで、雷蔵は上記の二人へ湯飲みを配りながら、神妙に耳を傾ける。
 おもむろに、冥は口を挟んだ。
「その辺は昔からおおよそ予想してたよ。それで辰巳、お前が言った正体とやらは何なんだ? 原型になった誰かが居るってのかい?」
「ああ、その通り。そもそもその原型を掘り出すために、ハワード・ブラウン――ツタンカーメンは、借り出されたんだ」
『ひょッとすると、そもそもそのタメに復活させられたフシもあるかもしれねェ』そんな記述もハワードの資料にあった事を、辰巳は脳裏で反芻する。
 そんな横顔を見ながら、冥は机を小突いた。
「ふーむ? 古代エジプト時代の誰かが元になったか?」
「まぁ、そんな感じだな。正確にはエジプト人じゃないんだが」
 辰巳は湯飲みを傾ける。が、中身は先程一気飲みして空だった。仕方ないので机上へ戻す。
「……ハワードはその人物のミイラを探すため、別時代のファラオから情報を引き出した。名前はプトレマイオス一世。プトレマイオス朝を創始したかの王の記憶を元に、ハワードはある人物のミイラを捜し当てた」
「ふむ。それは?」
 湯飲みに二杯目の茶を注ぐ雷蔵。立ち上る湯気が、場違いなくらい柔らかに揺らいでいる。
「彼は、プトレマイオス一世の学友にして上司。弱冠二十歳でマケドニアの王となり、大国ペルシャを打ち破ってひたすら東方へ遠征し、最終的にインドまで到達した征服王。 ……もっとも、彼は更にその先を見てたらしいけどな」
「おや。そいつは、まさか」
 目を丸める冥。辰巳は頷き返した。
「彼の名は、アレクサンドロス三世。十年そこらでマケドニアの面積を劇的に拡大させた、とんでもない大王様さ」
 一息にそう言った後、辰巳は二杯目の玉露へ口を付けた。茶をすする音が、やけに大きく聞こえた。
「……成程。そう言えばアレクサンドロス大王のミイラを葬ったのは、プトレマイオス一世だったな」
 その死後、後継者争いの要としての意味合いを強めたアレクサンドロス大王の遺体。混乱の最中に埋葬されたミイラは、果たしてどこに墓を造られたのか。
 それは歴史の影に埋もれたミステリーの一つだったのだが――ハワードは、ツタンカーメンは、己の力を持ってその影へ無理矢理光を当てた。
 ファラオとしての繋がりを用い、プトレマイオスの記憶を回収。これにより、ハワードはどんな歴史家よりも先んじて、アレクサンドロス大王のミイラを発見したのだ。
「かくしてアレクサンドロス大王のDNAを手に入れたハワードは……正確には、ハワードが所属していたスティレットは、それをもとに人造人間を造り上げた。神影鎧装及びEマテリアル――鍵の石という、新機軸の技術を制御する、生体ユニットとして」
 そう言って、辰巳は湯飲みを掴んだ己の左手を見下ろす。
「この腕も、その一環なんだそうだ。烈空《れっくう》、引いてはレツオウガの制御系統と、より円滑に一体化するための接続端子……コネクター・アーム」
「ふぅーむ」
 半ば独白めいた辰巳の説明を咀嚼しながら、巌は机を小突いた。
「しかし分からんのう。容量がデカイとはいえ、Eマテリアルはただの霊力貯蔵装置じゃろ? それがなぜ『鍵の石』なぞという大仰な名前をつけられとんじゃ? 一体何の鍵なのかの」
「……多分。真の目的のためじゃないかな」
 唐突に口を挟んだ巌に、全員の視線が集中する。
「神影鎧装ことレツオウガと、組み込まれたEマテリアル。それらを開発した組織であるスティレットは、起動テストをしたその日に壊滅した。何故か? 二年前のあの事故現場に、主要構成員のほぼ全てが揃っていたからだ」
 こつ、こつ、こつ。定期的なリズムで、巌の指は机を小突く。小突き続ける。その口調は雷蔵へ答えると言うよりも、自分の記憶を反芻する意味合いが強いようであった。
「そう、スティレットは壊滅した。だが二年の歳月を経て、神影鎧装は再び現われた。ザイード・ギャリガンを旗頭として、な」
 こつん。指が止まる。双眸が、辰巳を見やる。
「こうして状況証拠を俯瞰すると、スティレット壊滅そのものが、ギャリガンの作為だったように見える。そしてその為に、ギャリガンはEマテリアルを造ったのかも知れない。名前通り、計画の『鍵』として、な」
「……」
 少しだけ、辰巳は目を見開いた。ハワードが残した情報は、まだ誰にも話していない。
 だというのに、巌の予想はハワードの情報をほとんど違えずになぞっている。
「……その、根拠は?」
 知らず、辰巳は問うていた。
 巌は表情を変えぬまま、リストデバイスを操作。一枚の立体映像モニタが、部屋の中央へ浮かび上がる。
「これは、先日モーリシャスで行われたレツオウガの霊力消費データだ。見ての通り、戦闘が佳境となるタイミングで消費量が山なりになっているのが分かるだろう。だが」
 巌は更にリストデバイスを操作する。グラフの末尾部、不自然に振り切れている部分へ赤いポインタが灯る。
「ここだ。神影鎧装フェンリルとの戦闘終盤、より突っ込んだ言い方をするなら、レックウの前輪へ強制接続した直後。この瞬間、レツオウガのEマテリアルは今までに無い勢いで霊力を消費している」
「成程。確かこの時、ごく短い時間だが、辰巳は霊泉領域《れいせんりょういき》に穴を開けた、だったな?」
 面白そうな表情で頬杖を突く冥とは対照的に、辰巳は神妙な顔で頷いた。
「この穴がどこへ繋がってるのか、それは分からない。だが少なくとも、それを開くためには大量の霊力が必要になる事は間違いない」
「扉を開く鍵。鍵の石、というワケか」
 頷く冥の納得を、辰巳は更に補足する。
「鍵の石。レツオウガ。そしてアレクサンドロス大王をベースに遺伝子レベルで最適化を施された人造人間二号《ゼロツー》。これらを用いた実証実験を行うべく、最も霊力効率が高い場所が選ばれた。それが凪守《なぎもり》の所属する日本であり――引いては二年前の、あの現場だったというワケだ」
 茶菓子を用意しながら話を聞いていた雷蔵は、そこでふと首を捻った。
「うん? いやいや、待て待て。アレクサンドロスは外人じゃろ? 外国の、あー、ブラジルかの?」
「違う違う。マケドニア、今で言うギリシャの辺りだな」
「おお、そうじゃったか。流石は冥、地元には詳しいのう……とすると、つまりは欧州の方じゃろ? それがなぜ日本へ来るんじゃ?」
「いや、それは違うぞ雷蔵。アレクサンドロスはずっと昔に来ていたんだ、日本へ」
「?」
 訳が分からず渋面を浮かべる雷蔵へ、巌は更なる説明を続ける。
「アレクサンドロスはエジプトの西、中東圏で双角王《ズルカルナイン》という名で伝説に謳われた。更に西のインドでは土着の神と融合し、軍神スカンダとなった。とんでもなく強烈だったワケだな。だからなのか、その強烈さは仏教へも伝来した」
「仏教……神格として祭り上げられた、と?」
 首をひねりながら、雷蔵は茶菓子を辰巳の机に置いた。やまと屋の桜餅だ。
「そう、祭り上げられたんだ。『韋駄天』という名前で、ね」
 増長天の八将の一神、伽藍を守る護法神の名を、雷蔵は呟いた。
 ほう、と。小さい溜息をついたのは、果たして誰だったか。気にも留めず、巌は続ける。
「前々からおかしいとは思っていたんだ。いかに強大な魔術師が造ったとしても、なぜあの時の術式陣は、霊脈を乱す程凄まじく霊力を引き出せたのか。韋駄天《アレクサンドロス》が基点となっていたのなら、それも納得出来る」
 いかに霊地で雑念を処理された無形の霊力とは言え、やはりというか、どうしても採取された国や地域に近しい術式や魔術師に感応する傾向がある。例えば同じなまはげの禍《まがつ》を造ったとしても、秋田県とメキシコでは明らかに秋田県の方が強力なものが出来上がる。
 そして二年前のあの日、日本の神の一柱として名を連ねる韋駄天《ゼロツー》が、全力で霊地へと干渉した。
「凪守の……いや、日本に居る大抵の魔術師より、よっぽど高い感応力を突っ込んだんだからな。そりゃあ壊れるレベルの吸引力だったワケだ」
 巌は辰巳を見た。
 辰巳も巌を見た。
 二人とも、表情は無い。
「もっとも、日本は宗教上の特異点みたいな国でもあるからな? そうじゃないと、あの時僕が発生した理由もつかなくなってしまう」
 桜餅を囓りながら、絶妙なタイミングで冥は――冥王ハーデスの分霊《ぶんれい》は、軽くウインクする。二人の間に漂っていた妙な緊張は、取りあえずそれで霧散した。
「……まぁ、長々と語っちまったけどさ。少なくとも韋駄天の神格やアレクサンドロス大王の記憶なんてモノは、俺には微塵も残っちゃいないよ。あくまで神影鎧装の生体中枢として、遺伝的かつ魔術的に最適化されただけの存在だからな、俺《ゼロツー》は」
「そりゃそうだ。身体調査でそこまでの情報が分かったんなら、二年前の時点で利英《りえい》がただじゃおかなかったろうさ」
「そうだな。仮に何かあったとしたら、あの時壊れたレツオウガのコアユニット……烈空の方だろうしな」
 冥の軽口を引き継ぎながら、巌は黙考する。
 多分きっと、まだどこかに見落としや間違いはあるだろう。もっと詳しく聞き出した上で状況と照らし合わせ、精査する必要もあるだろう。
 だが。二年前の清算をするための情報は、全て揃った。
「それ自体は、まだ保留だが――」
 上層部を納得させるには、引いてハワード・ブラウンが目的を達する為には、まだ一手足りない。
 より突っ込んだ言い方をするなら、即物的な情報が足りないのだ。その辺を、あのハワードが分かっていない筈はない。
 なので、巌は水を向ける事にした。
「――その辺はさておいて、だ。他に役立つ情報とかはなかったのか?」
「え? あ、ああ。そりゃあったよ勿論」
 頷いた後、辰巳は左手首を操作。立体映像モニタを投射し、資料を改める。
「そう、だな。色々あるけど……妙なタグを付けられてるヤツが二件ある」
「ふむ。内容は?」
「タグは殴り書きみたいな感じだな。『今お前が欲しがってるブツ』内容は……プロテクトの解除コードだ」
「何のだ?」
「グラディエーターの起動用と、ディノファングの生成用だな。けど」
 それが、何だってんだ――そう辰巳が続けるよりも先に、巌は膝を叩いた。
「それだ。その情報が欲しかったんだ。流石はハワード・ブラウンだな、顧客の欲しがってる物を良く分かっている」
 唇の端を吊り上げて立ち上がる巌に、辰巳は思わず聞いた。
「欲しかった、って……何のために?」
「無論、攻め込むためさ。アフリカのRフィールド内部へ、な」

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
アレクサンドロス大王のミイラ

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