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子供達の世界に親が介入するな

小さな会社の人事部長。元人事コンサルが事業会社の人事部長となりました。これまで大企業、スタートアップ、フリーランス、中小企業とあらゆる立場でもがきながら生きてきた女です。3人の子育てしながら、良い生き方、良い働き方、人生の楽しみ方を模索している実体験を綴ります。*スペック*40代、子供→関西、九州最難関中学に合格した中学生長女、サッカー少年(小4男)、のんびり末っ子(年長女)、3人の子育て中。夫は自営業。

子供の喧嘩、どうする?

小学校3,4年くらいの男の子たちの中で、ふざけて友達をイジるっていう光景は腐るほど見ます。
その光景を「いじり」と捉えるか「いじめ」と捉えるかはその当事者本人たち、そしてそれを周りで見た人たち、それぞれの主観によるものであり、同じ事実を見たとして、それを「いじり」なのか「いじめ」なのか判断はできない。
そもそもそれが「いじり」なのか遊びで戯れているだけなのかも主観の問題。本人たちは分かっていて楽しんでいたとしても、大人が突如介入して「やめなさい!」「謝りなさい!」ってことを大きくしてしまうケース。
個人的にはめちゃくちゃもったいないと思っています。

子供同士のコミュニケーションの手段であり、それがもし本当の喧嘩に発展したとしても、それを解決していくまでのプロセスも含めて子供たちが自分で経験していくこと。
そこに親が介入して、そっちが悪い、こっちが悪いって決めつけて謝罪を要求したり、謝罪したり・・・

やめてくれ。

周りが見えない親

とりあえず、自分の子供の話だけを信じて一方的に謝罪を要求してくる保護者。本当に話にならない。
私は、息子のことを信用していないわけではないが、自分の息子が何かしらのトラブルに巻き込まれた、トラブルを起こしたとして、息子の話はよく聞きはするけど、それは息子のフィルターを通して見た世界であり、その事実を別のフィルターを通してみたらまた別の見え方がするということもわかる。
そして、子供っていう生き物は基本的には自分に都合が悪いことは親には報告しない。笑
そこをわざわざ疑って本人に指摘したりはしませんが、息子の話も話半分に聞いておかないとな。というスタンスではあります。

人から聞いた話で判断しない。
自分が見て感じたわけではない伝聞の事実に対してジャッジするのは大変危険だと思っています。

自分の子供のこととなると、頭に血が昇ってしまうのはわかるけど、
子供同士の些細なトラブルに親が介入していって良いこと一個もないよね。
というのが、3人子供を育ててきて思っていることです。

静観する。それが育成。だと思っているのは私だけかも。という難しさ

最近、周りでチラホラと子供同士のトラブルに対して、親が介入していってことが大きくなり、そこから別の問題に発展していったケースを連続で見て、改めて子供の世界に親が土足で踏み入って良いことひとつもないよな。って思った次第でした。

普段仲良くしている子供たち、普段自分の子供や周りの子供がどういう振る舞いをしているのかをよく観察していれば、たとえ子供が「●●君から、ひどいこと言われた!」って報告してきたとして、それは自分で解決しなさいってどっしりとアドバイスできるというものです。

そこに親がしゃしゃり出て、「謝れ!」って言って何か解決するんでしょうか。本質的なことは何も解決しませんよね。そして、親に言えば何でも解決してくれる!と自分にとって楽な道(本当は自分のためには全くなってないけど)を子供は知ってしまう。

今後もその旨味を知っているから自分で解決しようとしない。
そんなループに陥ってしまわぬよう。
一連の動向を観察していて、自分としてはこういうスタンスでいたい。と思ったわけでした。

ただ、いろんな考え方の人がいるからなかなか難しいのがこういった問題なんですよね。汗


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