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アイリッシュ音楽でパブが揺れる

2009年3月11日~21日 アイルランド紀行21
3月17日 晴天
Killarney - Ring of Kelly - Killarney

キラーニーに戻ったときはとっぷり日が暮れていた。
祭りの余韻さめやらず、どのパブも文字通り人でいっぱいで、あふれでた人々は外にしゃがみこんで話している。すでに出来上がった人が高声をあげ、にぎやか極まりない。

喧騒を離れた街外れの海鮮ものに定評のある「GABY」が本日の夕食処。
夫が注文したほたてのグリルが、ことのほか素晴らしく、感嘆の声をあげた。

ホタテの身も、そのヒモもちょうどいい柔らかさで仕上がっている。
普通は身の固さがちょうどよいと、ヒモが堅すぎたり、その逆でヒモがちょうどいいとホタテが生すぎたり。
どちらもちょうどいい柔らかさに調理されていて、料理人の技術の確かさが感じられた。

旅7日目にしてまだ果されていないことが一つあった。
それは「パブでギネスを飲みながら、アイリッシュの音楽を聞く」こと。

今日こそはと、飛び込んだのは中心地にあるホテル付属のパブ。
場末の方があじわい深いトラディショナルなアイリッシュ音楽が聴けると思いつつも、熱気につられて入ったこのハイセンスなパブは大当たりだった。

オノーラ、それが演奏中のバンドの名前だった。
黒髪の女性ボーカルと、3人の男性がドラム、キーボード、ギターという構成だ。

Onora

18世紀に大飢饉におそわれ、アメリカへ旅立った移民の少女の心をセツセツと歌い上げるボーカルは、ハスキーでありながら、高音部に向けてファルセットでかけあがっていく声がとても美しい。男性陣の楽器のパフォーマンスレベルもとても高い。

大満員のパブではずっとたちぱなしで、壁にもたれながらワンパイントのハープビールを、夫とシェアしながら聴いた。
ギネスが重いと、ずっとカールスバーグを飲み続けていた夫は、このアイルランド産の「ハープ」という軽めのビールがとても気に入ったようだった。

しばらくすると女性ボーカルはキーボードにまわり、代わりにキーボードだった男性がアコーディオンに持ちかえてマイクスタンドの前に立ち、テンポのよいインスツルメントの曲が奏でられた。このバンドは、ドラム以外が代わる代わるメインになるらしい。

不思議なことにアコーディオンが入るだけで、曲は一気にアイリッシュぽさを増す。素朴さが入り込み、懐かしさを喚起する。

「さて次はだれもご存じの歌だと思います。世界に羽ばたいていったU2の曲です!!」会場が喜びでどよめく。「曲はI Still Haven't Found What I'm Looking For!」

パブ全体がリズムで揺れる。
目の前にいる老人もギネスを片手に、目をつぶりながら体をゆらしている。
珠玉の空間、夢心地な一体感。

このバンドはビッグになっていずれは日本に来るかも…。
彼らは技術と人を熱狂させる力、両方を持ち合わせていた。
私はキーボードの横に積まれた15ユーロのCDを迷わず求めた。

セッションは休憩をはさみながら、続いていった。
今日もフル回転だった夫がダウンして、先にホテルに帰っていった。
夫より半時間ほど長く、その空間に身をひたしていたが、夜も更けていくので私も帰ることにした。
後ろ髪をひかれる思いもあったが、また幸せな気分でもあった。
彼らのCDを握りしめ、キラーニーの街の美しさと、祭りの余韻やまどろみを味わいながらホテルへ向かった。

日本に帰ってからも、繰り返し繰り返しそのCDを聴いている。
もう50回は越えただろうか。
彼らの音楽は、新鮮な感覚とアイルランドへの回顧を同時に与えてくれる。
いつか本当に日本に来てくれないものだろうか。

2023年春に調べたところ、このバンドはすでに解散していた。どうやらCDも購入した一枚だけだったらしい。貴重な一枚だ。

※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写してます。

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