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最後の夜にアイリッシュ・ダンス

2009年3月11日~21日 アイルランド紀行29
3月19日 曇り
Dublin

オドナヒューズの主人が紹介してくれてた「ユニコーン」は、ラスト晩餐にふさわしく、美味しいお店であった。でもお値段も素晴らしくよかった。

そして最後の最後に、初日に泊った河沿いのホテルにアイリッシュ・ダンスを見にいった。英国統治されていたころ、アイルランドでは民族ダンスを踊るのは禁止されていたらしい。アイリッシュ・ダンスは、窓の外から見られた時に、踊っていることがわからないように上半身を動かさず足だけステップするところから発達したと聞く。

ステップはどこかフラメンコダンスを彷彿させ、リズミカルで小気味よい。しかし肩から下の腕は動かさないのはやはり奇異で、拘束された感じを受けなくもない。踊りを通して、アイルランドの不屈さと、長く解き放たれなかった重い鎖を改めて感じた。

ラインダンスが終了すると、「アイルランドでしたいことはやりきった」という充実した思いでホテルへと歩く。リフィー川にかかる橋が水面に映って美しい。とても充実したダブリンの一日だった。

二泊目のザ・クラレンス・ホテルのフロントでいかにも重鎮そうな人が、「明日は8時からダブリンはストなので、その前に空港に着くことをお勧めします。」とアドバイスしてくれた。

以前、スペインのバルセロナでもストにぶつかった時があった。そのときはバス、メトロ、タクシー、お店……すべてアウト。都市機能停止。おまけに宿泊するホテルの前がデモ隊行進の終着点だったため、ものすごい人だかりでにっちもさっちもいかない状態だった。夫となすすべもなく、初夏のバルセロナを汗だくになりながら徒歩で観光したことがある。
日本のストと違って、海外のストは手ごわいし、なめてはいけない。私たちはストを回避して早めに空港に着くことを決意した。

フロントの人はタクシーを勧めてくれたが、すでにリムジンのチケットを持っていることを伝えると、「それでは」とホテルからバス停までの最短ルートの地図を書いて、手渡してくれた。ザ・クラレンスはどこまでもサービスが行きとどいていた。

部屋に戻り、どろどろに眠い中、荷造りをした。お土産や荷物がなかなかトランクに納まらない。ようやっと手にいれたバウロンは手で持っていくしかなさそうだった。

※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写してます。

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