見出し画像

春日大社のおん祭

「祭り」のことを書くといって、noteを立ち上げてからずいぶんと空いてしまった。かつて足繁く訪れた祭り、奈良の「春日若宮おん祭」のクライマックスがもう間もなくなので、いま慌てて筆を執っている。

900年近く続くこの祭の主役は、奈良の春日大社本殿奥に位置する若宮神社に鎮座されている若宮様。毎年12月17日の24時間だけ奈良の街に下りて来られる。その間、様々な儀式が行われるのだが、中でも私が釘付けになったのは、夕方頃から夜11時近くまで御旅所(おたびしょ)で奉納される能楽・舞楽などの数々の芸能であった。

御旅所正面の一番高いところには、若宮様が休憩される小さい社があり、その前に土俵のように盛り上がった9メートル四方の芝舞台があって、金春流等の方々がこの日のために奈良に来られて舞われると聞いた。私が特に好きなのはトップの写真にある蘭陵王(らんりょうおう)と、納曽利(なそり)の舞だ。

奈良盆地の冬は寒い。芝舞台周りのかがり火近くに陣取り、ホカロンを身体中に貼っても、しんしんと冷えてくる。その凍り付いた空気を裂くように舞が舞われる。それはそれは厳かに。
笙や大太鼓の音が鳴り響き、かがり火の炎がパチパチとはぜる。日常を遠く離れ、古き時代にタイムスリップしていく特別な時間。かの時代の人々も同じ舞を見たのだろうか。

画像は二枚とも昭和63年のパンフレットより。大好きな奈良の写真家・入江泰吉さんの作品。

すべての舞が奉納された夜11時近くに還幸の儀が始まる。若宮様がお帰りになるのだ。若宮様は24時間しか下界に降りれないので、真夜中までにはお戻ししなくてはならない。

かがり火はすべて消され、あたりは真っ暗闇となる。若宮様のお姿を人々に見せないために。「ウオーーーーウオーーーー」という神官たちの声が神様を守るように、暗闇の中に立ち昇る。世界の原始の音はこのようなトーンだったのではないか……深く強く身体に響いてくる音である。
この声とわずかな松明の灯りを追って、人々も春日大社へ向かう。神様のお帰りになる道をともにする。

若宮様が無事にお帰りになった社では巫女たちによる可憐な神楽が舞われ、かしわ手とともに祭りが終わる。真夜中直前。息が白い。
毎年、このように神様をきちんとお見送りするたびに、清々しく新たな年に向かっていけるような気がした。あの「ウオーーーーウオーーーー」という声に浄化されるのかもしれない。
それにしても24時間しか街におれないとは若宮様はたいへんだと毎年思うのである。

街に戻ると深夜1時近くになるのだが、いつぞやは民宿に締め出しをくらって、やむなくシティホテルに宿泊を乞いにいったことがある。民宿の方は扉を開けていたようなのだが、私より前に祭から帰った客が鍵を閉めてしまったようだ。と、翌朝知る。そんなハプニングも今はよき思い出である。

ある年からこの御旅所の周りに柵がめぐらされるようになり、ふらりと立ち寄って芝舞台のかぶりつきで見る雰囲気ではなくなってしまった。それからめっきりとこの祭から足が遠のいてしまった。

これは私が憑かれたように奈良に訪れていた、20代のころのお話。
本日12月17日、奈良ではしとしとと雨が降る。さぞや寒いことだろう。そして今も御旅所で幻想的な舞が舞われている。若宮様は楽しまれているだろうか。

ニコニコ生放送では、本日14時から最後まで御旅所祭の模様を生中継するらしい。よかったら雰囲気だけでもご体験を。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?