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ついに、モナスターボイスへ

2009年3月11日~21日 アイルランド紀行8
3月13日曇りときどき雨
Drogheda - Monastarboice - Kells - Donegal②

モナスターボイスはドロヘダから10kmほど北西に行ったところで、そのわずかなドライブの間に私の胸はどんどん高鳴っていった。
あんなにも行きたいと願った場所へついに行くのだ。
「旅の3日目に最大のハイライトを持ってきていいのだろうか?後半は腑抜けにならないだろうか?」ちょっと心配にもなった。

木立の間からラウンドタワーが見えてきた。
あの塔を目指せばモナスターボイスに辿りつく…。

木立の向こうにラウンドタワー

ラウンドタワーは修道院施設の一つとして建立された塔で、バイキングの難から逃れるために作られたという。しかし逃亡場所がこんなにわかりやすかったら、敵に下から火でいぶされはしないかと心配してしまう。

駐車場に車を止め、併設したトイレで用をたす。準備万端!いよいよだ。小道をしばらく進むと糸杉らしき木立の向こうから、お目当てのムルダクの十字架(Muiredach's Cross)はむっくりとあらわれた。思ったより太くずんぐりしていて、高さ5mくらい。全面におびただしい聖書の物語が彫刻され、眼をうばわれる。修道院敷地の一番南にあるためサウス・クロスとも呼ばれる。

ムルダグの十字架

正面の十字の軸部分には4段にわたって聖書の物語が彫られ、一番わかりやすいモチーフは最下段左側のアダムとイブ。蛇がからみつく木をはさんで、リンゴの実を持った男女、と、わかりやすい。
その右側に弟のアベルを棍棒でなぐるカイン。この兄弟はエデンの園を追われたアダムとイヴの息子たちである。

左:アダムとイブ、右:カインとアベル

十字の交差部は復活したイエス・キリストと祝福のラッパを吹く天使たち。その下に死者の魂を天秤で量っている大天使ミカエルと、その天秤の片方に手をかけるサタン。サタンが手をかけた方に天秤が傾くと、魂は地獄に行くことになるらしい。姑息な手を使うサタンではあるが、おかしみがあって結構かわいかった。

そして……、
この左側面にあの渦巻きがある。
でもすぐには見ない、とっておきなのだから…
見てしまうのもどこか怖い…
ややこしい思春期の乙女のような心理状態を経て、ようやっと左側面に回りこみ、ついに渦巻きと対面した。

触れてみた。
緑のコケがはえているので、柔らかい手触りだ。ヒンヤリ。
渦巻きから次の渦巻きへ、指でなぞってみる。
つながるスパイラルを次から次へ…そのふっくら盛り上がった渦巻きを何度も何度も辿ってみる…

渦巻きは永遠の命、輪廻転生の象徴という。
魂がずっとずっと続いていくこと…親から子へ子孫へずっと続いていく縁…
だんだん気持ちが落ち着いてきて、よくわからないけど納得した。

その日はあいにく曇天でかなり寒かった。
真っ青に晴れた空の下でウルダグの十字架に出会うイメージをしていたが、実際は風がビョービョー吹き、ギャーギャーと旋回するカラスが丈高い枯木を行ったり来たりしていた。気温も寒いが、風景がさらに寒さを募らせた。

「まあ、こんな天気がここのシチュエーションには合っているんじゃない。」と夫が慰めてくれた。「ムルダクの十字架を見るだけで結構時間がかかちゃった。寒いでしょ?」と謝ると、「君が一番みたかったところだから、好きなだけいればいいよ。」と、ありがたいお言葉。
夫が一番みたいというモハーの断崖は、突風がどんなに吹いていても、何時間でもいようと心に誓った。

それほど存在が知られていないウェスト・クロス「西の十字架」は敷地全体からすると比較的中央にあり、この装飾もなかなか見事だ。
ラウンドタワーを背景にウェスト・クロスを撮影するとなかなか様になる。飛び交うカラスが画面に入りがちだが、それも風情を醸し出す。

ウェスト・クロスとラウンドタワー

その他に敷地北東にはノース・クロスとその横に日時計が立っている。

昨日のslane Hillもそうだが、ここも修道院跡と言っても現役の墓地である。西暦2000年になってから亡くなった方のお墓もある。

サウス、ノース、ウェストの十字架を何度もいきつ戻りつ、墓の横を通るたびに、「ごめんなさい。失礼します。」といいながら、結局2時間近く滞在した。身体もかなり冷えてきた。
しかし何時間いても堪能しきれない、見切ったという感覚もない、それくらい魅力的な場所だった。
最後に何度もまたムルダクの渦巻きをなぞりなぞり、後ろ髪をひかれそうになりながら、モナスターボイスを後にした。

※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年3月noteに書き写しています。


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