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トリニティカレッジと絢爛・ケルズの書

2009年3月11日~21日 アイルランド紀行27
3月19日 曇り
Dublin

ザ・クラレンスの朝。
5つ星ホテルの朝食はそれなりのお値段だったか、U2ボノが経営するホテルなので、話のネタに食べることになった。

U2のボノ、ボノと繰り返し言っているが、実は熱烈なファンというわけではない。
20年前、チケットがあるというので、さして曲も知らないままにビッグネームにつられてU2のコンサートにいったことがある。水道橋で降りた記憶があるので、おそらく後楽園で開催されたのだと思う。
ちょうど就職したての慣れない生活で疲れがたまった時期で、あろうことかコンサートの最中に私は爆睡してしまった。
この思い出を音楽好きの友人に話したら、ザ・クラレンスに泊まる資格はないと言われた。いやはや、申し訳ない。

ダブリン市内

今日はたった一日のダブリン観光。はずせないのは、やはりトリニティカレッジの「ケルズの書」であろう。
修道士によって写本された聖書は、芸術的な装飾が施されている。
この書が編纂されたケルズに旅の三日目に訪れたが、現地で感じた空気を思い出しながら、実物を目の前に修道士たちの写本作業をイメージするのはさぞ楽しかろう。

トリニティカレッジ

トリニティカレッジは現役の大学であり、校舎の一つが展示室として開放されている。
チケットを買って入場すると、ケルズの書や、同じケルト三大装飾写本の一つである「ダロウの書」の成り立ちや編纂の方法を説明した展示室があり、そこで写本のお勉強をしてからようやっと原本がおいてある部屋に入ることができる。

そこは小さな展示室で1辺1メートル強のガラスケースの中に4冊の本が開かれてているだけであった。
私はずっとケルズの書は源氏物語絵巻のような長い巻物がガラスケースに入っているのを想像していたが、それは東洋人の発想であった。
西洋はページを繰る本の文化であることを承知していたはずなのに、巻物と思い込んでいた自分がおかしかった。

そしてケルズ゙の書は1冊しかなかった。今度はそのことにびっくりした。
写本というくらいなのだから数冊作られているのかと思っていたが、他3冊は別の写本で、そのひとつがダロウの書とわかった。
展示本は劣化を避けるために半年ごとに開くページを変えていくのだが、残念ながらそのときはもっとも有名なマルコの福音書の扉ページでなく、複数の聖人たちの挿絵が入ったものだった。

小さなスペースにはたくさんの観光客がひしめき、次から次へと人が入ってくるので、何度も前列をゆずっては並びなおし、ケルズの書に魅入った。
細かい文字。美しい飾り文字。
色づけの絵の具の盛り上がりがはっきりと見てとれ、印刷物ではなく、人の手で作業されたのがはっきりわかる。

夫は「君は棟方志向かね?」と尋ねたくなるくらいガラスに顔をよせ、目を皿にして写本を眺めている。
彼は校正の仕事をしているので、とても興味をそそられるらしい。夫は私の趣味でアイルランドに来ることになったが、校正の仕事の元がアイルランド発祥と知って興味を持ち始めた。

「チベットの砂絵を思い出す。」と夫がボソッとつぶやいた。
確かにこの緻密さはチベタン僧侶が創る砂絵に似ている。しかし砂絵は時とともに崩れてしまうが、ケルズ゙の書は21世紀のいまもこうして残っている。

ロングルームのある校舎

混み合った展示室から階段を上っていくと、圧倒的空間に出た。
かの有名なロング・ルーム……最長の図書館。
天井まで届く本棚にびっしりと並べられた書物は、歴史の重厚感を醸し出し、神々しささえ感じる。
これだけの本が書かれるのに、人間の脳内シナプスが幾度つながり、ひらめきが起きたことであろう。織り重ねられた歴史、人間の思考。
並んだ本をじっと見ているとドネゴールツイードの織物にも見えてきた。

実はモナスターボイスで渦巻きをなぞっていた男性はチェリストの溝口肇さんで、同じ番組でチェロの演奏をこのロングルームでしていた。
実際にロングルームを目の当たりにすると、この空間でチェロがどんな響きをして、膨大な書物にどう音が吸い込まれていくのか想像がつかなかった。

※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写してます。

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