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モハーの風に吹かれて人生を考える?

2009年3月11日~21日 アイルランド紀行17
3月16日 曇りときどき晴れ
Galway - Cliffs of Moher - Killarney

いよいよ!!!モハーの断崖に行く日がやってきた。
「巨人のテーブル」と呼ばれる有名な巨石があるバレン高原の端をかすめ、モハーへと急ぐ。

かなり近くまで来ているはずなのに、断崖があるのか?といぶかしむほどになだらかな緑地が続く。やがてゆるゆると登り道になり、モハーの断崖専用の駐車場にパーキングが見えてきた。

チケット売り場を抜けてすぐのビジターセンターを中心に、断崖は左右に広がっている。夫の希望で、左手の崖から散策することになった。

幾重にも折り重なる崖が何キロも先まで続く。200mほどの高さはあろうか、荒削りの崖肌はまっすぐに荒波の大西洋からそそり立つ。写真で何度も見た光景だったが、砕ける波音を耳に、目の当たりすると迫力満点だ。

オブライエン塔と遠方にアラン諸島
オブライアン塔はコーネリアス・オブライアン氏が客たちをもてなすために建てた。
こんな崖っぷちで心底楽しめたのだろうか。私だったらおちおち食べてもいられないだろう。招かれてもいないのに、想像だけで心臓がバクバクしてきた。

遠い海の向こうにのっぺりとした平らな島影。アランセーターのふるさと、イニシュモア島があるアラン諸島であろう。
あの平な台地で、どのように風を遮るというのだろうか。
過酷な環境が容易に想像でき、そこを生きる場所とした人々の忍耐強さがしのばれる。今回は旅程に組み込むことができなかったが、ゼヒ訪れてみたい土地だ。

しばらくは柵が続いて、安穏と断崖風景を楽しむことができた。
やがて、崖から人が落ちる様を明瞭かつ簡易にデザインした標識や、この断崖で亡くなった方のメモリアルに出くわした。そしてその先からは柵がなくなった。

崖と自分を隔つものは何もない。日本なら延々と柵をめぐらすか、絶対入れないように鉄柵を設けるだろうに。さすが欧州、すべては個人の責任にゆだねられていた。

私たちが躊躇しているのを横目に、各国の観光客たちはためらいもなく柵の切れ目をひょいひょいと越えていく。我々もこの風景を見るためにここまで来たのだ。行かずにはおれまい。ぐっと気を引き締め、柵を乗り越えた。

崖っぷちが数歩でいけるほど間近にある。
200mの垂直の壁がこの真下にあるのだ。
大西洋の波が崖に打ち付ける音が聞こえ、お腹の下から恐怖がのぼってくるのがわかる。恐れは防衛本能というが……本当だ。

「旦那さん、崖ぷちは土がもろくて落っこちる人がいるっつうから、際には近づかないでね。こんなところで死なないでね。」 
こんなところで命を落としたら、泣くになけない。
強風の日だったら、風にあおられて落ちてしまうかもしれない。風が穏やかな日で本当によかった。

左手は折り重なるヒダヒダの岬で、突端まで5㎞くらいだろうか。はるか遠くに点のような人の姿が見える。この柵なし崖っぷちをよくぞ歩いていった、その度胸に感服する。

歩ける幅がどんどん細くなり、足元からのぼってくる恐怖心はどんどん募る。しかし、あるポイントに達すると恐怖は高揚感に変換されていくのが、人間の不思議である。「よっしゃ私もあの先っちょまでいくぞ!!」と突然エキサイティングな気分になってきた。脳内で何か分泌されたらしい。

その矢先、背後から絞り出すような夫の声がした。
「俺、もうだめだ。戻る!」まさかの一言である。
「えーっ、崖来たいっていってたのに。」
「僕は崖の写真を取りたかっただけで、怖いのはだめ。君、行ってくれば。」

エ~~ッ、エ~~ッ

アイルランドで夫が一番来たがったモハーの断崖。
断崖で遠く遥かの海を見晴るかし、じっくり人生について考える。それにはあの岬の突端がもっともふさわしい!と、崖にドラマチックな意味あいをつけていたのは、私だけらしい。

「わかった。私も戻る。」
撤退するも勇気ある選択と言い聞かせながら、引き返すことになった。
「いやあ、安全、安全」
柵があるエリアに無事戻り、夫はシャッターを連写する。
「てっきり、人生を考えるために崖に来たかったのかと思ってたよ。」と私が呟く。夫はきょとっとした顔をして、「いやあ、単純に風景をカメラに収めたかっただけだよ」と笑った。

※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写してます。



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