見出し画像

へなちょこ体力人間の生存戦略

昔から私は心体ともに疲れやすい。だからテレビ雑誌新聞ネット、あらゆるメディアの健康情報はチェックして、いろんなことを試してきた。

・漢方
・ハーブ
・アロマオイル
・酵素ドリンク
・薬膳
・断食
・ジム通い
・ウォーキング

and so on...

私が今まで試してきたモノゴトは「強い身体と心」を作るため。だけどたくさんの健康法を試してきた割には、今身体も心もそんなに強くなっていない。うん、悲しいながらまだ、すごく疲れやすい。



ただ去年、身体と心の調子をガツンと崩してからは、自分が無理をしないように生活することを心がけている。本当に苦しい思いをした分、自分をまた同じ思いに合わせたくないという気持ちが強くなったのだ。

そんな自分を甘やかす生活を続けて3ヶ月ほど。私は強靭な肉体と精神力を持ち合わせてはいないけれど、健やかに暮らしていると思う。強くなりたいとチャレンジを重ねていたころよりもずっと、ずっと。


何が変わったか。それは、強くなろうと思わなくなったこと。強さを求めなくなったからだと思う。自分の疲れやすさを否定してタフネスを求めていたころ、なかなか自分の弱さを認めることができなかった。

でも、今は私は体力も気力も少ないとはっきりと分かっていて。だから無理なことは最初からしないという、逃げの戦略を日々の生活の中で立てている。働きまくってお金がたくさんあってラグジュアリーな生活をするよりは、質素でも疲れていないほうが私にとっては大事だとわかったから。

疲れないように段取りをした生活の中でも、疲れを感じたら、もう即効すぐにたっぷり休む。

今は遠慮なく休めるようになった。夫と旅行に行っても、せっかく遠い場所に来たとしても、疲れたら旅館でゆっくりと過ごす。たまには外に行ってくるという夫の背中を見ながら、布団の中でもぞもぞ過ごす。あぁぁ、せっかく…ここまで…という声が頭の中で流れてくる。でも私は非情にその声を無視し、元気でいればまた来れると思い、眠りに戻る。


自分が不調だということに真摯に向き合っている人って案外少ない。なんか調子悪いなーと思いながらも、レッドブルをがぶがぶ飲み、にんにくいっぱいのラーメンを食べて、お酒で蹴散らす。こんな人が多いのでは(私はこんな人でした)。


調子が悪いなって自覚できるのは、だいぶ悪いから。「なんかおかしい」を無視せずに、小さい火種のうちに消していく。

この小さな不調をさくっと解決を、日々繰り返していると、不思議に今は周りの人に「元気で、タフね」なんて言ってもらえるのだから面白いね。


弱い人は弱いなりの生存戦略を。
弱いことは悪いことじゃない。
それもまた私の個性。
誰かの痛みを、私は分かってあげられるから。


−−−


読んでくださって本当に嬉しいです! いただいたサポートにいつも励まされています。