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食べることって、宝石箱から宝石を選ぶみたい

旅先に来ると、日本では当たり前の物事がすーっと消失する。耳に飛び込む言語、鼻をくすぐる香り、肌をなでる空気の質感。

私は生きる場所を変えると、どうやら味覚が変わりやすいみたいだ。去年ハノイに越して、しばらくすると急に思い立ったようにベジタリアンになった。

もちろん健康のためにとか、環境のためにだとか。理由っぽい理由はたくさんある。でもただなんとなく植物を食べて生きてみたい、と思いついたのだ。(日本では3食焼き肉、大歓迎な女だったんだけど)


いつでもGoogle Mapsを開き、レストランを探すのは楽しい。「Vegetarian restaurant」と入力すると、地図上にピンが咲く。

現在地の近くから順番にピンが指した場所をチェックする。名前とともに鮮やかな野菜料理の写真と、レビューの星がまず目に入る。たとえ行かないとしても、他人が書いたレビューを読むのは楽しい。

他私以外の誰かの「食べる」上で大切にしていることが分かるからだ。

ある人は味を、ある人は提供スピードを、ある人は価格を、ある人は清潔さを。それぞれに求めるものが違うのがたまらなく面白い。世界各国の訪問者のコメントを吟味しながら、レストランを探していく。



ある真夏日のランチ。私は「Jalus Vegan Kitchen」に行こうと決めた。ヴィーガンレストランはたくさんあって、星の評価が高い場所もたくさんあったけれど、レビューを眺めていたときに、胸をときめかせるコメントをみつけた。

「Hidden GEM!」

隠れた宝石…。その一言を見つけて、あぁ今日はここ以外に考えられないと思った。だって新鮮でカラフルな野菜って、私からすると宝石のようで。光をつるりと反射して輝く野菜たちを想像してしまったのだ。


お店は確かに見つけにくい場所にあった。

ハノイ観光のメッカ旧市街までたどり着いた。そこからグーグルマップを見て、ここか?あそこか?とフラフラ歩いて、それでも見つけられず。ちょっと負けた気になって、スポーツ用品店のおじさんに「Jalus Vegan Kitchen」名前を見せると、おじさんは笑って人差し指を立て、上にツンツンした。適当に歩いて見つけられる場所ではない。

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スポーツ用品店の脇にある薄暗くて狭い路地を少し歩き階段を上がる。ドアを開けるまで不安でしょうがなかった。店内に入ると、スープの匂いがする。ここで間違いないみたい。

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なんせ生まれたてのベジタリアンな私は、メニューを見てもピンとこない。聞いたことがない野菜や調理方法がずらずらと並ぶ。でもせっかくHidden GEMに来たのだから、自分の直感で行ってみようと思い、豆腐ステーキサンドイッチを頼んだ。



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いかつい茶色をした、全粒粉のパンに塩コショウとソースで味付けされた豆腐とレタスとトマトが挟まっている。ぱそぱそしたパンの食感を、水分を含んだ豆腐がカバーしているかのようだった。つけあわせのサラダ、さつまいものフライ、サンドイッチをくるくる往来しながら、あっという間に食べきった。


目が飛び出るほどのうまさ! ではなく、静かなHidden GEMで満たされた感覚が大きかった。


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この思いつきのベジタリアン生活は2ヶ月ほどで幕を閉じる。久しぶりに会う友達が、とびっきりおいしい焼肉を食べようと! 目をキラキラさせて誘ってきたからだ。ふたつ返事でわたしは答える。久しぶりに食べた肉はとにかく美味しかった。

でもこの「Jalus Vegan Kitchen」のおかげで、私の食べ生き方はゆるやかに変わった。毎日繰り返す食事の選択肢が増えた。基本は肉も卵も魚も美味しくいただくが、週に1度ほどはヴィーガンとして過ごす。理由はないけれど、なんとなくそうしたいと思ったらそうするのだ。

食べる行為は、宝石箱の中から宝石を選ぶのに似ている。宝箱の中にある「食事」のどれもが、貴重で美しい。その中から、今の自分の身体と気分に似合うものを選ぶのだ。


Google Mapsのレビュー欄で見つけたHidden GEMという一言は、すっかり私の人生に溶けた。人からは見えないけれど、小さな宝石を私はちゃんと手に入れたから。

菜食という宝石を、時々私は身につけている。




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Jalus vegan kitchen & café
営業時間:月曜定休、10:00~22:00
HP:Facebook
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