亡郷(毎週ショートショートnote)

鬱蒼と茂る木々が途切れ、視線いっぱいに水辺が広がった。
「あっ!」
目の前に広がる景色が、俺が幼い頃から繰り返し見る夢の中の景色とそっくりだったからだ。
「窓を開けていいか?」
「あぁ」
走る車のスピードが、さらに遅くなる。
「どうだい、でっかいだろ?」
助手席の窓から見る景色は、夢の中の景色と重なるが、開け放たれた窓からは潮の臭いはない。それに夢で見る景色は日本の、いや世界のどこを探してもないと断言できる。
車一台がすれ違えるほどの石畳、夜に近づくと石畳の両脇が淡い虹色に輝く。
乗り物と言えば、手漕ぎの舟に、ロバに似て、トナカイのような角を持つ生き物が荷台を引く。そのような荷台に半月に一度の割合で、漁師たちが捕り、その女房達が干乾した魚を積んで、海沿いの細い街道を通って街に売りに行き、穀物をはじめ日用品を仕入れ村に戻る。
そして、繰り返す見る夢の終わりは、淡い光が放ちだした石畳を、ロバとトナカイを合わせた生き物が引く御者の横から見た灯りが点る家々……
夢で見るその景色と、今目の前を通り過ぎる景色を、開け放った助手席から重ね見る。


お題はこちらの「助手席の異世界転生」から。