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読書石鹸(毎週ショートショートnote)

面白かった映画、夢中になったゲーム、その記憶を消してもう一度最初から。そう願ったことはないだろうか。

わたしはある。

その願いを叶えるため、わたしは研究に研究を重ね、ついに自分自身で試せる段階までこぎつけた。

記憶を消して、もう一度最初から味わいたいものは、すでに決まっている。

わたしは自室に鍵をかけ、研究室から持ち帰ったそれを取り出す。

五百円硬貨より一回り大きく、オパールを思わせる輝きを放つ石鹸。
その石鹸の香りが使用者の体から香る間中、これから目にする物が、生まれて初めて出会った時と同じような感覚を覚えるはず。

わたしは意を決し、その石鹸で手を洗う。

シャボンの匂いを皮切りに、ミルク、ハッカ、雨上がり、新緑、インク…… ありとあらゆる“はじめて”の香りに、わたしは包まれた。

手を拭き、待ち焦がれた気持ちを抑えながら、手垢まみれの本を手に取る。

目に飛び込んできたそれは、目の前に立ち塞がる古びた扉のようで。

だけど、読書石鹸の香りに包まれたわたしには、真新しい扉に感じられ、

わたしは意を決し、その扉を開け、その向こうの世界へゆっくり埋没していく。




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2022•6•16 加筆修正