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手も足も出ない

アクセスディンギーという乗り物に乗った。初めての小型ヨットだ。こんなにも思い通りにならない乗り物がこの世にあるとは思えないくらい、扱いが難しかった。風を読んで、進路を取る。帆が風を受けないと全く進まない。無風かと思われるような中でも、慣れた人はヨットを自在に操り、横をかけていく。
大学の先輩、と言っても、現役時代に一緒に過ごした訳ではなく、卒業してから20年以上経って、大学の校友会の役員をすることになり、そのご縁で知り合ったヨット部の先輩にヨットのイベントにお誘いいただく。私は現役時代、探検部に所属。山も川も大好きだが海に出たことはなく、マリンスポーツは全くの素人。

子供にとってもいい経験になるかも、と、簡単に参加しますと返事をしたのが、アクセスディンギーの全日本大会というイベントだった。初めてだから、練習に来たほうがいいよね?レースだしね。と言われてハッとする。ほんまやん!大会って書いてある!大会やったん?誰でも出れるって言ってたのに??
練習に1日、翌日に初レース。ゴールに辿り着くことすら難しいこのヨットという乗り物に、初日は「パドルをくれ」という思いと「もう2度とやらない」という二つの思考しかなかった。どうしてこんなものに参加するといってしまったのかを後悔し、ストレスからお腹が痛くなりながらレースへ。どんな結果になったとしてもご飯食べられなくなる訳じゃないし誰も困らないから、と言われて、まぁそうだな、と海に出る。

最初のブイも全然まわれない。沖にあるブイと岸寄りにあるブイをまわって、スタートラインにもどったらゴールなのだが、どちらのブイもうまく回ることができない。とにかく何度もブイの手前をぐるぐるして、ようやくブイを左回りにまわることに成功。なんとか岸の方にあるブイまで辿り着き、そちらを回るも、砂浜の方にもっていかれる船をスタートラインのある桟橋に戻すことすらできない。
砂浜に座礁する寸前からようやく桟橋にディンギーを戻して、陸に上がる。

ほどなくして先輩に呼ばれる。葉子ちゃん、そのおっさんの横、乗る?
ええ!?何?乗っていいんですか?
遠慮する時間もないので、すぐに知らない人の横に乗せてもらい再び海へ。
聞けば、人数合わせで飛び入り参加したらしい、毎年優勝しちゃうくらいの腕前のヨット乗りの男性。外洋レースが好きで今年は石垣島から台湾まで一日で行くヨットレースがあり、それに出たのだそう。
二つある帆のうちの、小さい方の帆を張ったり緩めたりする紐の操作を任され指示されるままに引いたり緩めたり。あぁ、これはレースなんだ。と思った。レースに参加している感じがあった。先の二艇をなんとかして追い越そうとする。追い越したければ、同じ進路を取っていては抜けない。先に進む艇の受ける風を自分が受けるのも避けなければならない。どう進路を取って、いつどのタイミングで帆に風を当てるか。帆を全開にして最大の速度でブイを回って前へ出る。一艇抜いた!独り言のように、沢山のことを教えてくれた。追い風は熱い。風をどう読むか。隣に乗せてもらうこと2回。最後、片付ける頃には、楽しかった!もっとうまくなりたい、という思いが残った。
行きたい場所には、ガンガン漕いで到達するもの。そう思ってた。小さいから他人の2倍パドルを入れるふうにしてカヌーもダッキーも乗ってきた。とにかく目標に一生懸命向かう。その価値観しかなかった。ここへ来て、パドルがない乗り物、全く思うように動かせない乗り物に出会うけど、風を味方にする方法を知った。それは、全く無力な自分を再確認するものだったけど、でも風の受け方と活かし方を知れば驚くほどのスピードでゴールできるんだ、というメッセージをもらった。価値観が大きく変わる出来事だった。

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