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見返り美人


いいなと思ったものを様々な角度から見るのが好きである。

彫刻だったら、例えばルーヴル美術館にある<ミロのヴィーナス>、特に彼女のうなじがなんともたまらない。あの端正なお顔も、スタイルの良さも見惚れてしまうけれど、何故か一番好きな角度は少々斜め後ろからである。

そう、後ろ姿がいったい何を語るのか想像するのが非常に興味深いのである。

私は決して変わり者ではないと思う。

ただしこの件に関しては暫く言及するのを忘れていた。
そんな私の肩を叩いてくれたのがパリのオルセー美術館での特別展(2020年6月23日より9月13日迄)、<ジェームス・ティソ、 あいまいなモダニティ>である。

実はそれまでジェームズ・ティソの名前は知っていたけれど作品等についてあまり詳しく知らなかったのでとても良い機会であった。

この展覧会の中で触れていた彼のジャポニズムや七宝焼などについてはnoteの次号で少し詳しく話してみたいが、今回はティソの絵画の作品に対して他のアーティストと比べての変わった見方について突っ込んでみたいと思う。

それは一言二言で表現すると<角度>や
<立ち位置>である。

ジェームズ・ティソ
<アーティストの女性>
1885年
クライスラー美術館 米国


正直なところオルセー美術館でのティソ展はまるで新しい物の発見のようであった。また、他にも面白い作品は多々あったが特に上の絵、中でも手前のこちらを向いている女性が気になった。

大勢の人の中でひときわ目立っている。
はっきりとした顔立ち、スケッチをしている画家の方を見ている。明らかに笑顔を向けているこの女性の名前はキャスリーン・ニュートン、ロンドンでティソと出会いかけがえのない人となったが、絵の中の健康そうなイメージとはうらはらに、30歳にもならないうちに亡くなっている。
構成の中の色彩も素敵だが、この女性の自然な体の捻じり方が何とも表現し難い魅力に溢れている。この時代より前に、例えばルネッサンスの数々の作品を頭の中に思い浮かべてみてもこの様な描き方はないであろう。多くの作品の中の人物は正面か横向きである。

それに比べて私にとって興味深い角度の対象、例えば<見返り美人>に関してはまずは皆、日本のあの作品を思い出すはず。

菱川師宣
<見返り美人図>
17世紀
東京国立博物館


シンプルだが、この女性の姿は何か訴えるものがある。しかしながらこの女性はこちらを意識していない点では17世紀の他の作品とあまり変わらないと思う。ではこちらを見ているのは

クロード・モネ
<ラ・ジャポネーズ>
1876年
ボストン美術館


赤い着物を着ているどう見ても日本人には見えないクリッとした目のはっきり顔の金髪女性。
モネと言えばティソと同世代である。ところがティソは全くと言っていいほど印象派とは繋がりが薄い様だ。
モネと交流はあったようだが、印象派のグループの中ではティソはむしろドガと親しかった様だ。また、マネとも知り合いであり、モダニティの影響を受けている。

それでは何故ティソがグループの中にいなかったのか?

ティソの作品の傾向として、どうも彼のスタイルを印象派グループに突っ込んでおけない感がする。画家のこだわりがモネやその他のメンバーと違う気がしてならない。私個人の見解として、ティソは人物そのものに関心が強く、それを抽象化することが出来なかったのではないかと察する。モデルのあのはっきりした顔立ちなどはそんなところから来ているのかもしれない。

では更に他の作品で見てみよう。

ジェームズ・ティソ
<地方の若い女性達>
1885年
オルセー美術館


この作品は構成のバランスとしてはかなりおもしろい。中心の女性が後ろ向きで、真正面でこちら向きの女性はポーズとしては主役のようだが身体は半分位隠されている。淡い色ではあるがドレスも彼女達の華やかさを引き立てるのにひと役かっている。
更には3人娘のドレスのデザインや髪飾りがとてもお洒落。絵の全体から漂ってくるエレガンスが何とも言えず魅力的。

ジェームズ・ティソ
<十字架上から見たキリストの磔刑>
1890年頃
ブルックリン美術館


ティソは美しい女性と華やかな上流階級の世界を描くアーティストとして知られているが、実はそれだけではない。

49歳のときから亡くなるまで16年間宗教画に取り組む。そのきっかけは、パリの聖シュルピス教会でキリストの幻影を視たというところからだそうである。確かに上の3点の女性画とは打って変わった作風だ。しかしながら面白いのはこの
<十字架上から見たキリストの磔刑>の構成の中にはキリストの姿が見えない。そう、ティソは十字架上のキリストの視点から地上の人々を描いているのだ。聖母マリア、使徒ヨハネに聖マドレーヌなどキリストの磔を嘆き悲しみながら見ている人達にスポットを当てるというところが興味深く、また今となってはティソらしいとつくづく感じる。


ティソの画家としての作品の魅力の奥深さを語るには更に追求することが必要だろう。例えばパリだったらオルセー美術館に数点展示されているので、フランスに来たら近年再評価され出したこのアーティストの作品を時間のある限り肉眼で鑑賞してほしい。

ジェームズ・ティソ
<10月>
1877年
モントリオール美術館


最後にオルセー美術館の特別展で特に注目された作品を。

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