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☆私にふりそそぐもの  2話

クリスマス気分はアッという間に去り、街は年末の賑わいに一変する。

バイト暮らしの私にとっても、稼ぎ時となるこの時期。

今日も声を張り上げて商品を売る。


「蟹、蟹、蟹が安いですよ!焼いても茹ででも美味しい蟹。いかがですかー!」

人混みに響く声に、立ち止まる人たち。

「へえ〜、珍しく女の子が店に出てるんだ」


「女の子って云う齢でも無いんですが。アハハ」

「そうなの?でも、オヤジのダミ声よりは、よっぽどいいよ。よし!蟹もらうわ」

「ありがとうございます!これ、特別に付けますね」

そう云って蟹と一緒に数の子のパックを袋に入れた。

「嬉しいなぁ、ありがとうね、お姉さん」

「買ってもらえて私も嬉しいです!お兄さん」

ワハハハと、還暦過ぎの“お兄さん”は笑った。


「咲希ちゃんお疲れ!やっぱり女の子だと違うなぁ。思い切って採用して良かったよ」

「ありがとうございました。ではお先に」

「気をつけて帰んなよ。明日は……。咲希ちゃんは今日までか。残念だなぁ。

ありがとな、佳い年をな!」


終電間近の電車の中は、酔った人達がたくさん乗っている。

それは男性に限らない。

危なっかしいほどの女性の酔っ払いも数名いた。


どうして、あそこまで呑んでしまうのか、私には不思議だった。

けど……。

「羽目を外したくなる時もあるよね。注意して帰ってね」

彼女たちも、日々、闘っているのだ。


今年もあと1日になった。12月30日の今日。明日は大晦日だ。


ドアのガラスから見えるその街並みは、年末だからといって、特別な感じには映らない。

けれど、その一軒、一軒には今年、起きた出来事があることだろう。


嬉しいこと、悲しいこと、出会い、そして別れ……。

平和に年が越せるのは、案外一つの奇跡なのかもしれない。

「ん?」

自分の袖口から何が匂って来る。


  クンクン

「ウッ!生臭い。今頃気が付いた。魚屋の仕事だから仕方がないけど、周りの人に迷惑をかけてるかもしれないな」


そう思った時から肩身の狭さを感じ、私は小さくなった。

早く最寄駅に着きますように!

そして目を閉じて寝ているフリを決め込むしかなかった。


最終バスに、何とか乗れたのはラッキーなことだ。

運賃は2倍になるけど、タクシーよりは安い。

普段なら歩くけど、流石に今夜は疲れて歩くのはシンドかった。


自宅に着くと、直ぐにお風呂を沸かした。

きっと髪も魚の匂いが染み付いている気がする。

沸かしている間に、駅のコンビニで買った、サンドイッチとカップスープを食べることにした。

「お腹がペコペコだわ、足りるかなぁ。

ほとんど売れてしまい、棚がスカスカだったから仕方が無いけど、ガツンと来る物が食べたいな」


サンドイッチを頬張りながら、写真立てに目をやる。

「お母さん、ただいま。年が明けたら、私も遂に30歳になるんだね。元日に出産なんて、お母さんも大変だったでしょう?」

写真から、“結婚のことは考えてるの?”

そんな【圧】を、送られてくる気がする。


「結婚したくないわけじゃないわよ。ただ今はまだね……」


母は長いこと入院生活を送って、そして天に昇って行った。

私が大学に入った年に。

その半年後に父は姿を消した。

借金を残したまま……。


サラリーマンだった父。

やりたかったことがあると訊いたことがあった。

映画好きの父は、その関係の仕事に就きたかったと、そう云っていた。

けれど母と出会い、私が産まれた。


夢を追うことより生活第一になる。

母を愛していた父は、毎日仕事帰りに母の居る病室に顔を出した。

私が小学生の時から、母はずっと病院で、過ごしていた。


寂しかった。

諦めること。我慢することを覚える。

私の小学生時代。


 〈ぴぴぴ お風呂が沸きました〉

さて、明日も仕事だし温まって寝よう。


      了


        







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