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雨の日

出かける予定がないのなら、静かに雨が、サーサーと、降る日が私はとても好きだ。

ガラス越しに、その雨を、ぼんやりと見てる気持ちの中に、サティのジムノペディが傍にいる。


最近よく思う事がある。


いくつもの悲しい出来事を。

いくつもの辛い経験を。

私は忘れたいと思っているのか。

それとも覚えていたいのか。


どっちなのか分からなくなる。


あれほど苦しみに喘いだ記憶を、ずっと消したいと思っていた。

けれど消せないことに気づいた、やっと。


今まで隠してきたけれど、どんよりとした今日のような雲が私は結構好きなのだ。

青空と入道雲も好きだけど、雨の降る日のグレーの雲も、私はずっと好きだった。


夏空の、濃い青色のような、彼には話せなかった。

「暗い子」だと思われるのが怖かったし、

嫌われたくなかったから。


それでも彼は、離れて行ったのだ。これからは嘘は付かずに生きたいと思う。

嘘をついてる時間などないのだから。




そういえば、自分に、とっても正直な彼もいた。

初めて部屋を訪れた時、彼の部屋には、あちこちに、砂時計が置かれていた。


机の上に、棚の隅に……とにかく色々な場所に、かなりの数の砂時計があった。


私は訊いた。

「何故こんなにたくさんの砂時計があるの?」

彼は、こう答えた。

「簡単だよ、生きることは、有限だと常に自分が忘れないようにさ」


そうだよね、人生は無限では、ないんだね。

どこかふわふわ生きてる、私みたいな者にも、終わりはやって来るんだった。


感心しながら、私は彼の本棚の本たちを見て、段々と怖くなっていた。

ある薬についての本ばかりが並んでいたから。


彼は、そんな私の気持ちを、直ぐに察知した。

「国によっては、合法なんだ。この国が遅れているだけで」

彼は強気だった。


「遅れているのかも知れないけれど、今はまだ罪になるのよ?」

私の言葉に彼はガッカリしたのが、分かった。




彼は姿を消した。

世界を放浪しに行った、そう人から訊いた。

彼は自分に正直だったが、私は違和感しか感じなかった。

未だに帰国していないらしい。


サー サー サー


私は追憶から今に戻った。

そうだった。今日は出かける予定の無い雨の日。

ラッキーディなのだ。


その日、小さな小包みが届いた。

あの彼からだった。

中には砂時計が入っていた。

異国の砂時計は砂が真っ白でキレイだった。

手紙は入っていなかった。


確かに時間は有限だ。

だからこそ自分に嘘をつくのは、もうよそう。


私は砂時計を、もう一度紙で包み、ゴミ箱に捨てた。


今日は静かに降る雨の音に耳を傾けていたい。

せっかくの、出かける予定の無いラッキーディなのだから。


     了










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