オレンジ色の風
悠里は最近、部屋に花を飾るようになった。
一人暮らしを始めて3年が経つ。
ワンルームの狭い部屋にも慣れた。
すると気付いたことがあった。
《部屋に色がない》
元々、自分の部屋に、たくさんの種類の色を使うのは、悠里は好きではない。
落ち着かないのだ。
だから、カーテンも薄いベージュにしたし、ベッドカバーも、白に近いクリーム色の物を使っている。
タオルなどの生活用品も、みんなそう。
そんな悠里だったが、ある時、部屋を見廻してみると、何て味気ない空間だろうと、そう思った。
あれこれ考えた結果、そうだ、花を飾ってみようと思った。
実家には猫がいるので飾れなった。
ここなら大丈夫だ。
ある休日に、悠里は友達と映画を観に行った。
そのあとカフェに入り、いま観た映画の話しで盛り上がった。
友達と別れたあと、悠里はショッピングをする為に表参道へ向かった。
電車に乗り原宿で下車。
駅から、お店を覗きながら表参道を歩く。
でも欲しい品は見つからず青山まで来てしまった。
🌷🌻
「う〜ん、これだ!って言う物は、中々見つからないなぁ」
悠里は友達の誕生日プレゼントを探していた。
ポツリ
「えっ、雨?」
最初は控え目に降っていた雨は、アッと言う間にスコールの様になった。
街は、雨を避ける為の建物を探す人々が、走り回っていた。
悠里も同じだった。
その時、一軒の花屋さんが目に入った。
急いでその店まで移動した。
軒下で濡れた服をハンカチで拭きながら、悠里は花屋さんの佇まいに、うっとりした。
黒い壁の建物は、とてもシックで、大人の雰囲気が漂う。
青山の街に似合っていた。
パッと見ただけでは花屋さんには見えない。
お店の外には花を並べていないので、なんのお店か分からないまま、通り過ぎる人もいそうだった。
「普通の花屋さんなら、外には仏花が出てるなぁ」
悠里は、そんなことを、ボンヤリ思った自分が恥ずかしくなった。
🌷🌻
場所柄、高いんだろうなぁ。
悠里はそう思いながら、お店の中を覗いてみた。
店内は決して広くはないが、お花の種類は豊富そうだ。
数人のお客さんがいた。
まだ雨は止まない。
悠里はお店に入ってみることにした。
ガラスケースの中には、色んな種類の薔薇が並ぶ。
外に出ている花も、見たことのない花が多くあって、悠里は引き付けられた。
その中に、大好きな淡いピンク色の花があり、悠里は嬉しくなった。
「気に入った花は、ありましたか?」
そう、尋ねられた。
見ると、細くて長身の男性が立っていた。
🌷🌻
「えっ、はい。どの花もステキですね」
男性はニコッと笑い、
「ありがとうございます」と云った。そして
「もしかしたら、お客様が気に入ってくださった花は、この花ではないですか?」
男性は、オレンジ色の花を一輪、手に取って悠里に見せた。
悠里は、戸惑った。
その花も好きだけど、悠里はその隣に並んでいる、淡いピンク色の花が好きなのだ。
男性は、悠里の表情を見て、
「ハズレですね」
と、ガッカリした小さな声でそう云った。
悠里は男性が気の毒になった。
「そのお花も好きです。オレンジ色が好きなので。キレイなお花だと思います」
男性は、「ありがとうございます。まだ新米なもので、失礼しました」
そう云って笑顔になった。
🌷🌻
悠里は、そのオレンジ色の花を買いたくなった。
恐る恐る値段を見た。
1000円! 一輪で1000円だった!
でも、既にどうしても欲しくなっていた。
男性に、「一輪ください」
そう云った。
男性は驚いた顔をした。
「でも、お客様のお好きな花は、この花ではないのに、ですか?」
「はい、この花が欲しいんです。ただ……、一輪だけですが」
悠里は恥ずかしくて、うつむいた。
「お高いですよね。僕も買う時は一輪です」
「えっ、本当ですか?」
「本当です。新米なのでお給料もまだ多くはなくて」
男性は恥ずかしいそうに、照れ笑いをした。
《飾らない人だなぁ》
悠里はそう思った。
🌷🌻
「でも、ちゃんと手をかけあげれば10日は持ちますよ」
「結構、長持ちするんですね」
悠里がお店を出た時、雨は上がっていた。
駅に向かう途中にあった雑貨屋さんで、透明な花瓶を買った。
部屋に戻ると、さっそく花を飾ってみた。
驚いた。
オレンジ色は部屋にぴったり合ったのだ。
ピンク色より良かったかもしれないな。
悠里はそう思った。
その日以来、悠里は週に一度、青山のお花屋さんに行くようになった。
花を一輪買う為と、男性に色々、教えてもらう為に。
その人は、横山拓海さんといい、年齢は32歳なのだそうだ。
花屋さんを開くのが、夢なのだと、嬉しそうに話してくれた。
気が付けば、半年経っていた。
ある日、いつものように、横山さんとお花のことを話したあと、悠里が帰ろうとした時、横山さんに呼び止められた。
そして、悠里が初めて見る花を渡された。
「今日は、悠里さんに宿題を出します。
この花の、花言葉を調べてみてください」
横山さんは、真剣な目をしている。
悠里は、ドキッとした。
「判りました」
そう云ってお店を出た。
どうしたんだろう、突然に。
そう思いながら電車に揺られていた。
部屋に戻り、パソコンを立ち上げて、悠里は花のことを調べ始めた。
その時、メールが届いた。
横山さんからだった。
「悠里さんへ、花言葉の意味は、
僕の悠里さんへの気持ちです」
悠里の鼓動は急に速くなった。
そして急いで花言葉を調べる作業を続けた。
簡単だろうと思っていたが、そうではなく、中々、答えが見つからない。
花の名前も分からない。
「落ち着け、わたし」
そう自分に言い聞かせて悠里は休むことなく調べ続けた。
🌷🌻
「あった。これだ!」
ようやく、その花のことが書いてあるページを見つけた。
そして、その花の、花言葉を知った。
今度は悠里が横山さんへ、メールを送った。
「私からの返事です」
そう書いて、花の写真も添えた。
すると横山さんから連絡が来た。
メールではなく電話だった。
悠里は目を閉じて、自分を落ち着かせ電話に出た。
横山さんは、安心したような声で
「ありがとう、悠里さん」
静かにそう云った。
今度、横山さんに会った時、私はちゃんと話しができるかな。
悠里は今から緊張している。
悠里は横山さんから渡された、花を見た。
そのれは、赤いアネモネだった。
花言葉は、
(あなたを愛しています)
悠里が横山さんに返事の代わりに送った花。
それはデイジー。
花言葉は、
(わたしも同じ気持ちです)
雨宿りをしたのが、たまたま花屋さんだった。
横山さんが、私の気に入った花を間違えたら、私はオレンジ色の花が好きになった。
オレンジ色の花は、悠里にステキな愛を届けてくれた。
あの日から、悠里の心には、清々しいオレンジ色の風が吹いている。
了
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