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龍神さんに、任せればいい 1

梅雨も明け、毎日刺すような陽射しが、容赦なく私の頭から脚先まで襲ってくる。

その上この夏はマスクを付けなくてはならない。

吐いた息が籠り、マスクの中の湿度が高くなる。


       🐲🐉


人が居ない時にマスクをずらし、深呼吸をする。

一瞬、生き返った気分になる。


「おはよう、杏。今日も朝から暑いね〜」

「悠子おはよう。暑いしマスクがね」

「ホントよね。状況が状況だから仕方がないけど、息苦しいね」

「お二人さん、おはよう」


「田端課長おはようございます」

「課長、そのマスク、もしかしたら奥様の手作りですか?」

「あ、う、うん。まぁな」

「ブラウン系のオシャレなマスク。奥様はセンスがいいですね」


「そんなことはないさ。じゃあ、お先に」

そう云って田端課長は足早に行ってしまった。


「分かりやすく動揺してたわね」

少しだけ笑いながら悠子が云った。

私は黙っていた。


「杏、まだ課長と付き合ってるんでしょう?」

「付き合ってるよ。悪い?」

「悪い」

「悠子は大嫌いだもんね、不倫なんて」


「人の旦那さんを奪って幸せになれると思ってるの?奥さんの気持ちは?」

「他人のことは知らない。私は幸せになれる」


「おはようございます!森田杏先輩、小林悠子先輩!」

「今朝も元気ね、小宮圭くん」

「カラ元気っすよ。まだ五月病を引きずってます」


「あら?メガネ新しくした?」

「あ!気付いてくれた。嬉しいなぁ。さすが杏さん!」

「『杏さん』なんて呼ぶのはまだ早い。

私は先輩よ?」


「すいません!森田先輩!」

「そんなに深々とお辞儀をしなくてもいいわよ。面白いね、小宮くんて。

でもメガネはよく似合ってるよ」


「本当ですか、嬉しいです。これ結構いい値段したんです。自分を奮い立たせるために思い切って買いました」

「五月病を引きずってるのは本当なんだ」

「はい、情けないです。あ、時間!朝一で会議なんで準備しとかないと。失礼します」


その云って、小宮圭は走って行った。


         🐲🐉


「杏、小宮くん、あなたのことが好きだよ」

「知ってる」

「小宮くんは、おっちょこちょいだけど、真面目でいい人だと私は思うけど」

「見られた」

「え?」

「田端課長とホテルから出てきたのを、彼に見られたの」


「……」

「悠子が、田端課長と私が別れたほうがいいと思ってるのは知ってる。けど課長は奥さんと離婚して私と結婚するって云ってくれたの」

「以前にも聞いたわ。もう半年くらい前に。それでどうなの。田端課長は奥さんと離婚することが決まったの?」


「……」


「杏!目を覚ましなさいよ。課長の話しなんか信じちゃいけないわよ!」

「奥さんが、離婚を拒んでるから、もし少し時間が欲しいって……」

「だから、それは」


「人を愛したことのない、悠子には分からないわ!」

「杏……」

「ごめん、いい過ぎた。先に行く」


この日以来、私と悠子は会話をしなくなった。

そんな私たちを小宮圭くんが、心配そうに見ている時がある。

彼が本気で私に好意を持ってくれているのは痛いほど、伝わってくる。


でも貴方も見たでしょう。私は上司と不倫している女なの。

そんな私のことを好きになんて、ならないで。

お願いだから……。


          🐲🐉


仕事を終えた、ある日のこと。

久しぶりに悠子が話しかけてきた。

「杏、これから少し時間はあるかな」

「ごめん、行くところがあるの」

「……そう」


「課長の自宅に行って奥さんに、離婚して欲しいって頼んでくるわ」

「杏!そんなこと止めて!」

「じゃあ、お疲れ様でした」


悠子は私が歩く横で、ずっと説得し続けた。

私は何も云わなかった。

小さな公園の中を歩いていた時、突然悠子が私の前に立ちはだかった。


「ちょっと、邪魔だからどいてよ」

「どかない!杏が行くのを止めるまで通さない!」

「子供じゃないんだから」

私はそう云って悠子の横をすり抜けた。


「杏!止めて!」

「森田先輩、行くのは止めてください!」


振り返ると、小宮くんがいた。

「なんで、小宮くんが……」

「会社を出る、お二人の様子が変だったので、慌てて着いて来ました。

森田先輩、田端課長なんか信じちゃダメだ!あの男は森田先輩を本気で大切になんか思ってない」


「そんなこと、なんであなたに分かるのよ!」

「先日……お二人がホテルから出てくるのを見ました」

「知ってるわよ」


「課長は自分のことしか考えていなかった。森田先輩を放ったらかしにして、自分のことだけしか考えていなかったです。

周りの様子ばかり気にして、先輩のことを全然、見ていかなったんです、あの男は」


          🐲🐉


「……小宮くん、私が課長と何をしていたか、分かるでしょう?ホテルだものね」

「杏?」

「聞きたければ話してあげる。課長は私のおっぱいを揉むのが大好きなの。時々、乳首を甘噛みして。

私のアソコはまだ触られてもいないのに、じっとり濡れててね」


「杏!止めなさい!どうして自分をそこまで……」

悠子は泣いていた。

「森田先輩が、話したいのなら僕は聞きます。すっげーキツいけど聞きます。でも僕には先輩が話したいようには見えません」


「なにいっ、、てる、、の、、わたしは、、話し、、」

私はそれ以上、何も云えなかった。

その場で、しゃがみ込むと次から次へと涙が溢れた。


悠子が傍にきて、私の背中をさすった。

「悠子、私、とっくに分かってた。自分が

騙されてること。体だけが目的なのも、分かってた、でも認めたら自分が惨めで、だから……」


「毎日、暑いですね。夕焼けだし明日もバカみたいに暑いんだろうな」

小宮くんが、西の空を見上げて云った。

「そうね。たまには少し雨が降るといいんだけど」

悠子がそう云うと、小宮くんが、

「そうだ!水の神様でもある、龍神さまに頼みましょうか」


          🐲🐉


「小宮くんって、若いのに詳しいのね」

悠子に云われて小宮くんは少し恥ずかしそうにしている。

「僕、好きなんです龍が。カッコイイなと思ってて」


私も涙を拭って立ち上がった。

「うん、カッコイイね、龍って」

「森田先輩もそう思いますか?嬉しいな」

「今夜の内に雨が降るように、龍神様にお願いしようか」


「そうですね。雨のことは龍神さまに任せますか」

「ついでに、課長にだけドシャ降りになりますように」

私の言葉に悠子も小宮くんも笑った。


「そのことも、お任せしましょう。

龍神さん、宜しくお願いします!」


眩しい西陽が、拗ねたように暑い陽射しで抵抗していた。


       (完)

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