#【夜汽車】
ガタゴトと走っている夜汽車の中は、想像していた以上に人が乗っていた。
意外だな、そう思って気づく。
「その内の一人は俺か」
真夜中に走る車窓からの眺めは、物哀しく感じる。
流れていく街灯。
たまにある踏み切りの、信号機の点滅。
寝静まった家々。
コンビニだけが、やけに明るくて不自然に浮いて見える。
車内には、俺みたいに一人で乗ってる男性が何人かいた。
恋人同士なのか夫婦なのか、二人連れの人もいる。
家族だろう、四人で眠っている。
友達と会話をしてるグループ。
色んな人々がいる。
友達……。
🌠🎇
俺も今から友達に逢いに行く。
そいつとは、大学で知り合い、友達になった。
もう10年になる。
そいつは、この正月に、会社の年末年始の休みを使って俺の家を訪ねて来た。
急で驚いたが、「やあ!久しぶり」と、云いながら笑う、そいつの顔を見て、時間は大学時代に戻って行った。
名前は茂と云う。
「びっくりだな!お前が来るなんて、思ってもみなかったよ」
「正月に、押し掛けて悪いな。逢いたくなってさ」
「悪くなんか無いよ。逆に嬉しいよ。上がってくれ、狭いところだが」
俺は結婚して一年が経つ。
式はやらず、その金は新婚旅行にあてた。
だからこの日、初めて茂に家内を紹介した。
「奥さん、初めまして。水要らずのところ、すいません」
そして俺の顔を見て、
「綺麗な奥さんじゃないか。大学の時は全然モテなかったお前が結婚か、信じられないよ」
「モテなかった、は要らないだろう」
そう云って俺たちは笑った。
「正月なんで、お節しかないが、良かったら食べてみてくれ、家内の手作りなんだ」
「もちろん、ご馳走になるさ」
家内の作ったお節を、茂は旨い旨いと云って食べてくれた。
そのあと、俺の部屋でビールを呑みながら、くだらない話をして過ごした。
泊まっていけよ、と云う俺に、茂は、
「ありがとう。でもこの後も予定があってさ。奥さん、お節、美味しかったです。
コイツのこと、宜しくお願いします」
「じゃあな」
茂は俺にそう云うと、手を振って、歩いて行った。
🌠🎇
それが、俺が茂を見た最後になった。
一昨日、茂のお袋さんから連絡があった。
茂は歩いている時に、急に倒れたらしい。
救急車が到着した時には、もう息をしていなかったと、お袋さんから訊いた。
健康診断でも、何一つ悪いところが無かったそうだ。
お袋さんは云っていた。
会社が休みに入って直ぐに、茂は実家に帰って来た。
だが、数日したら、
「友達みんなに会って来る」そう云って実家を出たそうだ。
「虫の知らせだったのかもしれません」
お袋さんは、声を震わせて、そう云った。
「あ、いま蹴ったよ」
そう、声がした。俺はハッと我にかえった。
見ると妊婦さんが座っていた。
ご主人らしい男性が、嬉しそうに大きなお腹を摩っている。
その様子を見て、俺は以前テレビで観たニュースを思い出していた。
どこかの国では、人が亡くなった時に、周りの人達は、嬉し涙を流すそうだ。
『生きていると辛く苦しい。でもこの人はもう苦しまずに済むのだ』
そして口々に、頑張りましたね。
大変でしたね。
でももう、辛い思いはしなくていいのです。
亡くなった人に、そう言葉を掛けるのだとテレビで云っていた。
「茂、お前も辛かったか?苦しかったか?たった28年の人生を、どう生きたんだ?」
胸の中で、茂に訊いた。
答えはなかった。
🌠🎇
茂には、結婚の約束をした女性がいたそうだ。
明日、その女性の顔を、俺は見れるだろうか。
茂が愛した、その人のことを、俺はしっかりと見る自信は、無かった……。
(完)
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