【ス イ カ】
真夏のお昼過ぎ、つまり一日のうち、一番暑い時間帯である。
私と、夫の晃司は隣町のスーパーで、安売りをしていたスイカを丸ごと一つ買って、二人で紐を持ち、自宅へ移動中だ。
日陰は全く無い。
延々と、向日葵畑が続く道を歩いていた。
セミは競って鳴き、時折バッタが飛び出してくる。
暑い、とにかく暑い。
私は、熱中症になる前に帰宅することだけを考えて歩いている。
夫の晃司を見ると、汗だくになりながら、無言で歩いているが、どうも様子がおかしい。
膨れっ面なのだ。
「どうかしたの?」
そう質問する体力は、今の私には無い。
早く、とにかく早くエアコンの効いた部屋に、たどり着きたい。
10分後、ようやくマンションに到着。
鍵を開けて、ドアを開くと、冷たい空気がふわっと顔にかかった。
私たちは、部屋に入った。
🍉🍉
「生き返った〜。エアコンの温度を、かなり低くく設定して良かった〜」
「晃司もお疲れ様でした」
「あ、あぁ……」
スーパーで買った品物をリュックから出して冷蔵庫に入れていく。
「あ、そうだ、アイスキャンディー食べようか」
私がそう云うと、
「やっとだよ〜」と、晃司が云った。
「やっとって、なにが?」
「アイスキャンディー。恵美がいつアイスキャンディーをくれるのかなぁって思ってた」
「?」
「さっき買ってやつだろ?歩いてて恵美がいつ、俺にくれるのかって。だけど全然くれないし」
「つまり晃司は歩きながら、アイスキャンディーが食べたかった。そういう事?」
「そう。だってスゴク暑かったし」
「それなら、食べたいからくれる?って云えば良かったじゃない」
「そこは、やっぱり恵美から、『はい』って渡してくれたら嬉しいじゃない」
私は呆れてしまった。
と、同時に思い出した事がある。
結婚してから、初めて晃司の実家に行った時のことだ。
その時も真夏で、暑い日だった。
義母さんがスイカを出してくれた。
その時、義母さんが云った言葉を私は忘れようにも忘れられない。
《晃ちゃんのスイカは、ママが全部、種を取ってあげるわね》
🍉🍉
私は、驚いた!そして晃司のことを見た。
晃司は顔を真っ赤にしていた。
帰りの電車の中で、2人は会話もなく並んで座っていた。
「恵美……ちゃん、あのさ、あの〜」
私は黙ったまま、座ってた。
「怒ってるの?」
ビクビクしながら晃司は、そう聞いてきた。
「別に」
「やっぱり怒ってるんだね……」
「晃司、私は怒ってるんじゃなくて、驚いてるの」
「うん……分かるよ」
「妻の私がいる前で、あれはなんなの?
それに、晃司はいま何歳か義母さんは、ご存知よね」
晃司は黙ってしまった。
しばらくして
「お袋は、なかなか子供を授からなくて、やっと俺が生まれたんだ」
「……」
「だから、かなり歳を取ってからの子供が俺なんだよ」
「可愛くて仕方がないんだ、俺のことが」
「だからと云って、あれは……」
「そうだよね、今度、お袋に話しておくから、だから……ごめん恵美ちゃん」
🍉🍉
スイカを半分に切りながら、恵美はあの時のことを、思い出していたのだ。
晃司と結婚して10年になろうとしていた。
翌年、私は妊娠した。
結婚した時に、2人で話し合っていた。
10年経ったら子供を作ろうと。
共働きだったが、私の会社は理解があり、出産してしばらくは、育児に専念しても、元の仕事に復帰できる。
私も、その予定でいる。
ある日、2人のマンションに義母が泊まりに来た。
「恵美さん、良かったわね、子供が出来たんでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
「貴女は恵まれてるわ。会社に戻っても、わたしが居るもの」
「はぁ」
「こんな狭いところは出て、晃司と恵美さんで、わたしの家に引っ越していらっしゃい」
「えっ!」
私は動揺した。
義母と同居するなんていう話しは晃司から、聞いたことがない。
その反対で、同居はしないと晃司も云っていた。
「主人ももう他界して、わたしが一人で一軒家に住んでいるんですもの。
部屋ならあるし、恵美さんが仕事を続けても、赤ちゃんのことは、わたしに任せられるでしょう?」
🍉🍉
その晩、私は晃司に義母が云っていたことを話した。
「晃司、結婚前に将来、同居はしないって云ったよね。だから私は晃司と結婚したのよ?」
「……恵美はさ、そんなに俺のお袋が嫌いなの?」
「晃司?なに云ってるの?」
「恵美は、働きたいんだから、子供はお袋に面倒を見てもらえばいいだろう?
一緒に暮らせば家賃もかからないし」
「ちょっと待ってよ、そんな話し、初めて……」
「悪いけど疲れてるんだ。もう寝るわ、おやすみ」
「私は納得できないから」
「……」
私が起きたら、義母はキッチンで朝食を作っていた。
「義母さん、私がやりますから、ゆっくりしててください」
「おはよう、恵美さん。いいのよ、年寄りは朝が早いから」
「おはよう、あれ?この匂い」
「晃ちゃんの好きな、ナメコのお味噌。
アジの干物と、家からもってきた糠漬けよ」
「やった!俺の好きな物ばかりだ」
「できたわ。恵美さん、テーブルに運んでくれる?」
「あ……あの、冬場は炬燵で食事をしてるんです」
「あら、そうなのね。じゃあ炬燵に運びましょう」
3人で朝食を食べ終えた。
義母は、晃司に、
「晃ちゃん、会社に行く前に、耳掃除してあげるわ」
「お袋、いいよ」
「あら、大好きだったでしょう?早くママの膝枕に頭を乗せなさい」
私は真っ青になった。
《晃司、お願い、義母さんのところに行かないで。断って、お願いだから》
そう祈りながら、晃司を見た。
「じゃあ、やってもらおうかな、久しぶりに」
晃司は、立ち上がった。
私は……目を閉じた。
了
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