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#【アイツとオレのこと】

「クリステル」

「……」

「起きろよ、クリステル」

「ん、あ?……」

「教室に入ったとたん、お前のアホな寝顔を見ちゃったじゃないか」

「え、俺、寝てた?」

「あぁ、口開けてガーガー寝てた。早くヨダレを拭けよ」

「ヨダレ!えっえっ、ホントに?」

「ウソ」

「なんだよ、焦った〜」

「クリステルさぁ」

「クリステルじゃないよ、滝川だよ」

「同じだろ」

「全く違う!なに云ってんの、康介」

「まぁいい」

「よくないだろーが」

「はいはい滝川くん、今日さ、寄り道しないか」

「寄り道?別にいいけど、先に河原に行きたいんだ」

「いいよ。そのあとクレープを食べに行こうぜ」

クレープと聞いてクリステル……じゃなくて、滝川の目が輝いた。

クレープは滝川の大好物だ。

「いいじゃん、いいじゃん、行こう!康介のおごりだろ?」

「バカ云ってら、割り勘に決まってるだろ。人にご馳走できるほどの小遣いは、もらっていない。無念だが」


こうして放課後の予定は決まった。


       🏫💮📚


そしてオレたちは今、寒さに震えながら、河原にいる。

何故か。

滝川の趣味に付き合わされているからだ。


ジーージーージーー

「なんか調子が悪いな」

ラジコンを持ち上げ、滝川はチェックしている。

「滝川はラジコンなんだよな。今の時代、ドローンだろ、フツー」

「ドローンには興味がない。やっぱラジコンだよ。よし!これで大丈夫だろう」

ジーージーージージジジジ、ジ、ジ、ジ

ラジコンは川に向かって走り出した。

「ちょっと、なんでだ?待てこら」


時すでに遅し。

ラジコンは川に浸かってる。

プカプカと、タイヤの腹を上にして浮かんでた。


     🏫💮📚


至福の表情でクレープを食べる滝川。

大の甘党の滝川が食べているのは、生クリームたっぷりの苺のやつだ。

オレのは惣菜系のクレープ。

ツナとか入っている甘くないタイプ。

「しかし、旨そうに食うな」

「ホントに旨いんだから、そうなるのが自然だろ」

まぁ、そうだけど。

「滝川ってさ、変態だよな」

「へ、へんたい!」

「ごめん、間違えた。変人だった」



「俺が変人?どこがだよ」

「全てにおいて、お前って変人だよ」

「意味が、わかんねー」

「これは誉めてるんだぜ」

滝川は、それには応えず、ひたすらクレープを食うことに、没頭している。

「変人ってことを周りに認めさたんだから、お前は凄いよ」

「別に認めさせた覚えはない。それ以前に俺は変人なんかじゃないぞ」

「だいたいの変人は否定するものだ」

「いーよ、いーよ、俺はどうせ変人だよ。いいだろ?それで」


        🏫💮📚


オレが滝川のことを変人だと思うのには、理由がある。

前に古文の授業中に、滝川がしたこと。

「ここのところは、しっかり予習してくるようにと云ったと思う。滝川、この問題の答えは?」と、教師。

すると滝川は、

「予習を、したくなったので、カラオケに行き、唄を練習してきました。聴いてください」

そう云って、いきなり滝廉太郎の『荒城の月』を、朗々と歌い出したのだ。

教師も生徒たちも、呆気にとられたのは、言うまでもない。

唄い終わると滝川は、丁寧なおじぎをして、黙って座った。


体育の授業では、持久走の時に滝川は、とんずらして自宅に帰宅。

後で聞いたら、「急にすごい睡魔に襲われたから、帰って寝た」

と、悪びれることも無く、しごく当然だと言わんばかりに答える。


滝川には、この程度の奇行(?)なら、数多くあるのだ。


だが彼は常に上位の成績をキープしている。

「滝川は勉強してんのな」

そう聞くと、

「してるよ。目標があるからね」

「目標って、どんな?」

「歯医者になること」

「歯学部かぁ、なら勉強しないとな」

「ただの歯医者ではなく、移動歯科医になるんだ。ほら歯医者に行きたくても、事情があって、行けない人もいるだろ?」


       🏫💮📚


滝川の母親は、体が弱く、寝込むことがある。

重病ではないらしいが、頻繁に体調を崩す。

そんな時には母親に変わって滝川が料理を作る。

洗濯もしているようだし、中学生の弟の勉強も見てあげている。


前に滝川の料理を食べたことがあるが、かなりレベルが高かった。

旨かった。

「お前って、何でも出来るんだな」

「現実が俺を何でも出来るようにしただけだよ」


そっか、そうだよな。


オレのお袋もオヤジも健康だから、オレは料理を作ったことは無い。

妹がいるが、面倒を見たことも無い。

「そう考えると、オレは恵まれているんだな」

ん?

じゃあ、滝川は恵まれていないのか?

母親の体が弱くて、料理を作る滝川は、不幸なのか?


オレ……何を基準に、そう判断してるんだろう。


      🏫💮📚


大学受験が近くなり、登校する生徒の数が、グッと減った。

皆んな、追い込みをかけてるんだろう。

教師もやる気が無さそうに見える。


滝川は、いつもと変わらず登校しているし、オレもそうだ。

ただ、早退して塾に行く日もあるが。


オレは商学部を受ける事にした。

就職に一番有利だと聞いているからだ。

滝川が、歯学部を受ける事に変わりはない。

気分転換なのか、滝川は相変わらずラジコンをやっている。

オレ達は、時たまクレープを食べに行って、無駄話しをしたりする。


こういった時間もあと僅かなんだと思うと正直、寂しい。

オレは都内の大学を受験するが、滝川は、何故か北海道の大学を受ける。

「なんで北海道なんだ?」そう聞いたことがある。

「北海道に住んでみたいから」

滝川は、サラリと答えた。


      🏫💮📚


そしてオレ達は受験をし、合否の発表も終わった。

オレは……全滅だった。

つまりは浪人が決定したわけだ。

滝川は、合格。

北海道行きが決まった。


いつもの河原でラジコンをしている滝川に聞いてみた。

「滝川はさぁ、幸せだと思う?自分のこと」

滝川は少し驚いた顔をした。そして、

「考えたことも無かったからビックリした」

「う〜ん、そうだなぁ。幸せなんじゃないか?と、思うけど」

「そっか」

「急に変なこと聞くなよ、驚くだろ」

「康介はどうなんだ。幸せだと思ってる?」

「あぁ、たぶん、幸せなんだろな」

「なら、いいじゃないか。俺のことなんて、どうでもいいと思うけど。自分が幸せならさ」

「うん、そうかもな」

「そうさ。人のことを気にするのは、もっと後でいいよ。

これからの一年間、頑張れな」


そう云って滝川は、北海道に行った。

お袋さんの体調も良くなっているらしいし、また寝込むことがあったら、弟が滝川のしてきたことを引き継ぐそうだ。

大学に受かったら、必ず北海道の滝川に会いに行く予定だ。


     🏫💮📚


オレは毎日、満員電車で、揉みくちゃになりながら予備校に通っている。

第一志望の大学と予備校は、同じ駅で降りる。

大学生は、改札を出たら右へ。

予備校生は左に行く。

この屈辱。

「クッソーー!絶対に合格してやる!

待ってろよーー滝川クリステル。

絶対、北海道に行くからなーー!」


      (完)

                 

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