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京都に置いて来た天使

もう、かなりの年数が経つけれど、

23歳の時に初めて一人で旅をした。

場所は京都。

修学旅行や、高校の卒業旅行で友達とも

訪れている。

行きたくなった理由、それは

片思いをしていたからだった。


あの時の感情は不思議で、切なくて、胸が苦しいのだけど、その一方で

どこか夢見がちな自分がいた。


 [片思いしている自分に酔ってた?]


……ちょっと違う

期待 そうだ期待していたんだ

片思いが実ることを。


たった一泊なのに、行きたい場所がたくさんあった。


大好きな清水寺にも行き、京都駅からバスで1時間以上かけて、初めて大原の三千院へも脚を伸ばした。

バスから、雪を被った比叡山が見えて感動したことも、よく覚えている。


三千院近くは賑わっていて、無料のお茶屋さんもあった。

私も休憩させて頂いた。

「暖まりますから、どうぞ」

そう云って、女性がお茶を差し出してくれた。

もちろん、はんなりと京都弁で。


お礼を云って、湯呑みを口にする。

「シソの味がする」

そう、それは緑茶ではなく、シソ茶だったのだ。

香りも良く、一月の真冬の旅で冷えた体にシソ茶は染み渡る。


お土産に買って、茶屋を出た。

いま思えば、上手いこと商売に乗せられたのかな、とも思う。

でも構わない。

休憩させて頂いて、美味しいお茶も飲めたのだから。


好きな人と一緒だったら、もっと美味しく感じただろうな。


Sさんは、2つ歳上の同僚の男性。

食べることが大好きで、その量も凄かった。

笑わせて、喜ぶ人で私もしょっちゅう笑わされていた。


けれど、後から知ったSさんが育った環境は、かなり壮絶なもので、それでも常に明るいSさんのことが私は好きになっていた。


「ここが三千院なんだ」

歌でも有名な三千院は、女の子達で賑わっていた。

美しいお庭には、薄らと雪が残っていて、

他の観光客の人々は、「寒い寒い」と、廊下を足速に行くけれど、私はいつまで眺めてることが出来た。


「随分、遠くまで来たね、わたし」


やはり、大原という土地は、三千院は、

女性を惹きつけるものが有るみたいだ。


本数が少ないので、京都駅行きのバスは満員のラッシュ状態。

運良く座れた私は、来た時と同じに雪の比叡山に見惚れてしまう。

必ず行きたいと、ずっと思っているけれど、まだ行けていない比叡山。

その夜は京都駅近くのビジネスホテルに宿泊する。

部屋で少し休むと、賑わう街に出て、夕飯のお弁当を買ってホテルに戻った。

鍵の開かない窓から、煌びやかな京都の街を一人で眺めていると、寂しさに襲われそうになり、お弁当と一緒に買った、缶ビールを開けてゴクゴク飲んだ。


「僕の家はオヤジが経営していた工場を潰してさ、凄かったよ貧乏で」

Sさんはそう云った。

六畳に家族5人で寝ていたそうで、ガス代が払えないので、薪のお風呂に入っていたという。


「けれどそれも近所から、煙のことで苦情が来てね」

薪のお風呂

想像が付かない。


「高校もバイトでほとんど出席しなかった。成績はビリから2番目」

「でもSさん勉強が出来そうだから、中学生の時は、成績も良かったんじゃないですか?」

Sさんは、寂しそうな笑顔で、小さく頷いた。


翌朝は早目にホテルを出ると、当時から人気だった嵐山に向かった。

そしてあることに気がついたのは、渡月橋で、観光客の方に写真を撮って頂いた後のことだ。


   〈ペンダントがない〉


天使の付いたペンダントが、いつの間にか消えていた。

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私は動揺してしまった。

あのペンダントは、恋が実るペンダントだったから。

そういう広告が雑誌の一番後ろに載っていたのだ。


「胡散臭いなぁ、これ」

そう思いながら、体験者の人たちの感想を読んでいた。


“信じられないです!片思いの彼から告白されました”

“このペンダントを付けたら、急にモテるようになったんです”

“彼からプロポーズされました!”


体験談も胡散臭い、けど……。


私は買っていた。

9800円もした胡散臭いペンダント。

けれど既に私には、本物の願いを叶えてくれる天使になっていた。


動揺はしたものの、気持ちは嵯峨野に向いていた。

今日は帰る日なのだ、凹んでいる時間はない。

行きたい場所は、全て廻ることが出来た。

私は朝から熱が出ていた。


そのことが余計に私を奮い立たせていたと思う。

寒気を感じながら嵯峨野を巡り、最後に1番行きたかった、化野念仏寺に向かう。

テレビで見ていたのと同じ景色がそこにはあった。


実際にドラマの撮影をしていたので、スタッフの皆さんが観光客に気を使っているのが分かる。

観光客側もまた、邪魔にならないように気をつけながら歩いていた。



「オヤジの知り合いの人が、見かねて所有している空き家を家賃無料で貸してくれた。

ありがたいと同時に、惨めでさ」

例えようのない表情で、Sさんはそう云った。

私はただ胸が痛いだけだ。

Sさんの心情を、全て分かってあげられないことが悔しかっただけで。



化野の奥にある、鮎料理の茶屋の前で

一休みをした。

なんとなく別の次元にいるような、不思議な場所だ。

そして、私のたった一泊の京都旅行は、

終わり、帰りの新幹線に乗った。

天使を京都に置いたまま。


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「きれいだなぁ」

「キレイだよね。以前、友達に連れて来てもらった場所なの。

横浜の根岸辺りの工場夜景」


私はSさんとドライブに来ている。

そう、片思いは実ったのである。

どうやら天使は羽根を使って、私について来てくれたらしい。

こんなことも、起こるんだね。


不思議で、とっても幸せなことって。

きっと誰にでも起こり得ること。

気付かないだけで。

だから次はちゃんとキャッチして欲しい。

貴女にも、貴方にも。

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        了








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