![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82930488/rectangle_large_type_2_ed3244a742b51ac6897d599caef5750f.jpeg?width=1200)
京都に置いて来た天使
もう、かなりの年数が経つけれど、
23歳の時に初めて一人で旅をした。
場所は京都。
修学旅行や、高校の卒業旅行で友達とも
訪れている。
行きたくなった理由、それは
片思いをしていたからだった。
あの時の感情は不思議で、切なくて、胸が苦しいのだけど、その一方で
どこか夢見がちな自分がいた。
[片思いしている自分に酔ってた?]
……ちょっと違う
期待 そうだ期待していたんだ
片思いが実ることを。
たった一泊なのに、行きたい場所がたくさんあった。
大好きな清水寺にも行き、京都駅からバスで1時間以上かけて、初めて大原の三千院へも脚を伸ばした。
バスから、雪を被った比叡山が見えて感動したことも、よく覚えている。
三千院近くは賑わっていて、無料のお茶屋さんもあった。
私も休憩させて頂いた。
「暖まりますから、どうぞ」
そう云って、女性がお茶を差し出してくれた。
もちろん、はんなりと京都弁で。
お礼を云って、湯呑みを口にする。
「シソの味がする」
そう、それは緑茶ではなく、シソ茶だったのだ。
香りも良く、一月の真冬の旅で冷えた体にシソ茶は染み渡る。
お土産に買って、茶屋を出た。
いま思えば、上手いこと商売に乗せられたのかな、とも思う。
でも構わない。
休憩させて頂いて、美味しいお茶も飲めたのだから。
好きな人と一緒だったら、もっと美味しく感じただろうな。
Sさんは、2つ歳上の同僚の男性。
食べることが大好きで、その量も凄かった。
笑わせて、喜ぶ人で私もしょっちゅう笑わされていた。
けれど、後から知ったSさんが育った環境は、かなり壮絶なもので、それでも常に明るいSさんのことが私は好きになっていた。
「ここが三千院なんだ」
歌でも有名な三千院は、女の子達で賑わっていた。
美しいお庭には、薄らと雪が残っていて、
他の観光客の人々は、「寒い寒い」と、廊下を足速に行くけれど、私はいつまで眺めてることが出来た。
「随分、遠くまで来たね、わたし」
やはり、大原という土地は、三千院は、
女性を惹きつけるものが有るみたいだ。
本数が少ないので、京都駅行きのバスは満員のラッシュ状態。
運良く座れた私は、来た時と同じに雪の比叡山に見惚れてしまう。
必ず行きたいと、ずっと思っているけれど、まだ行けていない比叡山。
その夜は京都駅近くのビジネスホテルに宿泊する。
部屋で少し休むと、賑わう街に出て、夕飯のお弁当を買ってホテルに戻った。
鍵の開かない窓から、煌びやかな京都の街を一人で眺めていると、寂しさに襲われそうになり、お弁当と一緒に買った、缶ビールを開けてゴクゴク飲んだ。
「僕の家はオヤジが経営していた工場を潰してさ、凄かったよ貧乏で」
Sさんはそう云った。
六畳に家族5人で寝ていたそうで、ガス代が払えないので、薪のお風呂に入っていたという。
「けれどそれも近所から、煙のことで苦情が来てね」
薪のお風呂
想像が付かない。
「高校もバイトでほとんど出席しなかった。成績はビリから2番目」
「でもSさん勉強が出来そうだから、中学生の時は、成績も良かったんじゃないですか?」
Sさんは、寂しそうな笑顔で、小さく頷いた。
翌朝は早目にホテルを出ると、当時から人気だった嵐山に向かった。
そしてあることに気がついたのは、渡月橋で、観光客の方に写真を撮って頂いた後のことだ。
〈ペンダントがない〉
天使の付いたペンダントが、いつの間にか消えていた。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82935764/picture_pc_103f26d4cb33bfc90d92dd13bad96a49.jpeg)
私は動揺してしまった。
あのペンダントは、恋が実るペンダントだったから。
そういう広告が雑誌の一番後ろに載っていたのだ。
「胡散臭いなぁ、これ」
そう思いながら、体験者の人たちの感想を読んでいた。
“信じられないです!片思いの彼から告白されました”
“このペンダントを付けたら、急にモテるようになったんです”
“彼からプロポーズされました!”
体験談も胡散臭い、けど……。
私は買っていた。
9800円もした胡散臭いペンダント。
けれど既に私には、本物の願いを叶えてくれる天使になっていた。
動揺はしたものの、気持ちは嵯峨野に向いていた。
今日は帰る日なのだ、凹んでいる時間はない。
行きたい場所は、全て廻ることが出来た。
私は朝から熱が出ていた。
そのことが余計に私を奮い立たせていたと思う。
寒気を感じながら嵯峨野を巡り、最後に1番行きたかった、化野念仏寺に向かう。
テレビで見ていたのと同じ景色がそこにはあった。
実際にドラマの撮影をしていたので、スタッフの皆さんが観光客に気を使っているのが分かる。
観光客側もまた、邪魔にならないように気をつけながら歩いていた。
「オヤジの知り合いの人が、見かねて所有している空き家を家賃無料で貸してくれた。
ありがたいと同時に、惨めでさ」
例えようのない表情で、Sさんはそう云った。
私はただ胸が痛いだけだ。
Sさんの心情を、全て分かってあげられないことが悔しかっただけで。
化野の奥にある、鮎料理の茶屋の前で
一休みをした。
なんとなく別の次元にいるような、不思議な場所だ。
そして、私のたった一泊の京都旅行は、
終わり、帰りの新幹線に乗った。
天使を京都に置いたまま。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82940974/picture_pc_e6788bba7e549ef063af0ebe50699930.jpeg)
「きれいだなぁ」
「キレイだよね。以前、友達に連れて来てもらった場所なの。
横浜の根岸辺りの工場夜景」
私はSさんとドライブに来ている。
そう、片思いは実ったのである。
どうやら天使は羽根を使って、私について来てくれたらしい。
こんなことも、起こるんだね。
不思議で、とっても幸せなことって。
きっと誰にでも起こり得ること。
気付かないだけで。
だから次はちゃんとキャッチして欲しい。
貴女にも、貴方にも。
![画像3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82941522/picture_pc_1da6f2786b200f417bb01055a468e897.jpeg)
了
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?