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ホラ吹き

あそこの煙草屋のオヤジは暇なもんだから、一日中ラジオをつけっぱなしで、自分はイビキかいて寝てばかりいる。


「ライター買いに来たぞ。起きろよオヤジ」

「100円」

「あれ?税金はよ」

「めんどくせーから、いらねー。100円」

「ここに置くからな。ちゃんと仕舞いなよ。じゃあな」


ふあああ〜〜

「眠いし、店閉めるか」

今日の閉店は昼の12時。


「タバコ、タバコっと、あれ?閉まってら」

「おう!どした」

「煙草屋が、店を閉めちまった」

「ったく、あのオヤジは!しょーがねーな」

「この店の閉店時間はいったい何時なんだ?」

「閉店時間なんかねーよ。オヤジ次第だ」


       🐙🦑


 ♨️翌日の午後4時

ふんふんふん

「馬鹿に機嫌がいいじゃねーか。どこ行くんだ」

「煙草屋のオヤジか。松の湯に決まってるだろ。家の狭い風呂になんか入った気がしねーよ」


「そりゃー残念だったな」

「なにがよ」

「今日は松の湯はやってない」

「どういうこった」

「ボイラーが壊れて湯が沸かせないそうだ」


「せっかく出て来たのに。早く修理してくれよな、あれ?」

「おう!今から松の湯かい、空いてたから気持ちいいぞ」

「だって松の湯は、営業してないんじゃ」

「何いってんだ。現に俺がいま行って来たところだ」


「ボイラーが壊れたって」

「ボイラー?松の湯は今も薪で沸かしてるだろうが」

「あっ!」

「あれだろ、煙草屋のオヤジだろ?」

「くそー!チキショーめ!」


 🍊その晩

「ただいま」

「お帰り。夕飯、直ぐに食べられるわよ」

「ありがとう、食べるよ。父さんは居る?」

「居るんじゃない。たぶんテレビを観てるよ」

 

          🐙🦑


「父さん!」

「おう、お疲れ!このテレビ、面白いぞ。

ワッハハハ」

「父さん、代々寺の御住職に僕のことを何か云ったでしょう」

「そうだっけ。アハハハハ」


「僕が歩いてたら、御住職が変な顔して見てるから、近づいて行ったら説教されました」

「そりゃあ、ありがたいことじゃねーか」

「叱られたんです!『いい歳して父親に頭を下げさせるんじゃない!』と」

「ふ〜ん」


「ふ〜ん、じゃありませんよ!僕が30にもなって柿泥棒をするはずないでしょう!」

「ご住職が、寺の柿を盗まれて困るとおっしゃるから、『息子かもしれません、申し訳ありません』って云っといただけだ」


「『だけだ』って、嘘はやめてください!

なんで僕が柿泥棒なんですか!ホラ吹きも、いい加減にしてください!」

「ピーピーピーピーうるせえな。テレビが聴こえないじゃないか。とっとと着替えてこい。 これこれ、このコントが最高に笑えるんだわ!」


 😽翌日

「あれ、煙草屋に猫がいるぞ」

「ホントだ。あのオヤジ、猫好きだっけか?」

「何か書いてあるぞ。『この猫を飼うようになってから、宝クジの高額当選が続々誕生しています』だと」


【幸せの招き猫。福猫の福ちゃん】

【写真撮影はご自由に】

【福ちゃんの足形キーホルダー 500円】

【宝クジは当店で】


「相変わらず嘘臭いことを」

「この猫、見たことある気がするんだよな」

大きめの体を投げ出して、猫はガラスケースの上で寛いでいる。

「薄茶色でブミっとしてて。どこで見たんだっけか」


ガラス戸が開いた。

「よう、いらっしゃい。いいだろ、この猫。

幸せを運ぶ猫の福ちゃんだ」

「この猫どうしたんだ。まさか買うわけないよな」

「1ヶ月前に朝、店を開けたら居た」


       🐙🦑


「1ヶ月前?今までどうしてたのよ」

「福ちゃんは体が弱いから風邪で部屋に居たんだ」

「う〜ん、なんか信じられないんだよなぁ」

「高額当選したら、その宝クジのことを詳しく書いたのを店に貼るだろ?普通」


「あぁ、それね。一等を当てたお客さんから、御礼の電話があって、騒がれたくないから余り派手なことはしないで欲しい。

そう頼まれてさ」

「い、一等!一等を当てたのか?」

「そう、5億円」


「どこで見たっけなぁ」

「福ちゃんの絵葉書も造ったんだ。5枚800円、どう、買わない?」

「これが福猫?なんつーか、やる気0感が漂いまくりだけど」


「だから云っただろ。福ちゃんは体が弱いんだって」


「あっ!思い出した!四丁目東公園で、よく見かけるボス猫だ!」

「本当か!オヤジ、捕まえて来ただろ」

「知らねーな。似てるだけだろ。ほら、兄弟猫とかさ」


「あのな、飼うなら飼うで、ちゃんと獣医師さんに診て貰うんだよ。健康診断や、ワクチン注射とか色々やらなきゃいけないの!分かってないだろオヤジ」


「あの〜、この猫さんが福猫なんですか?」

「はいはい、そうなんですよ、お客さん。

宝クジがバンバン当たるようになってね」

「へぇ、凄いのね。一緒に写真を撮ってもいいかしら」


「もちろん、どうぞ。キミたち邪魔だから、どいたどいた」

「納得いかないなぁ」

「ブツクサ云ってないで帰りなさい」

「帰れって、何だよ!」

「邪魔らしいから帰ろうぜ。どうせ今にボロが出らあ」


          🐙🦑


その日以来、煙草屋には福ちゃん目当ての人たちの行列が出来るようになった。

記念写真を撮る人。

福ちゃんを撫で撫でする人。


宝クジの売れ行きも、うなぎ登りだった。

あのキーホルダーも、絵葉書も、バカみたいに売れまくった。

「これって、まずいんじゃ」

「だよな、詐欺だもんな」


お客さんが引いた。

「オヤジ、儲かってるな。笑いが止まらないだろう」

「いやあ、福ちゃんの人気が凄くてさ。

実はオレ、病気なもんだから疲れんだわ」


「オヤジが病気?何の病気なんだよ」

「もう全身病気だぞ。下は水虫で、ケツはイボ痔だし、しょっちゅう腹は壊すだろ、

美人を見ただけなのに心臓がバクバクいうし、虫歯に花粉症で、老眼が進むのが速いんだよ」

「……全身病気って、それのこと?」

「一番怪奇なことがある」


「怪奇?どこが?どんなふうに?」

「あのな、オデコが日に日に広くなるんよ」

「ただハゲてきただけじゃねーか。何が怪奇だよ全く」

「全身がこれだけの病気なんだ、オレも長くないな」

「はいはい。ちゃんと線香を立てに行ってやるから安心しな」


 😇1ヶ月後


【当店は10月末日で閉店いたしました。

長いこと、お引き立て頂きまして誠にありがとうございました】


「オヤジ、本当に病気だったんだな」

「あぁ、奥さんに訊いたら診てもらった時には手遅れだったそうだ」

「そうか……」

「あと、奥さんが云ってた。オヤジの奴、ホラを吹くと俺たちが、右往左往するのが楽しくて仕方なかったらしい」


「全く、しょうがねえなぁ。ところで福猫ちゃんは?」

「長男さんが飼うそうだ。来年に結婚するから一緒に暮らすってさ」

「そっか。良かったな」


「空を見てみろ。珍しく星がたくさん見えてる」

「うわぁ、本当だ。珍しいな」


「おーーい!オヤジ、訊いてるか。病気で長くないって云ったよな。

ホラってのはな、そういう時に吹くんだよ」

「今夜は、朝までこの川原で俺たちと呑もうな。寒いけど」


「オヤジーー!そっちでも、やりたいだけ、ホラを吹けよな、あばよーー!」

「あ、流れ星」


       (完)










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