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ロマンティック美・ハゲ
貴方と暮らし始めて半年が経つ。
私が仕事から帰ると、貴方はいつもテーブルでパソコンと向き合っている。
貴方の仕事は文筆家だ。
私はそっと、背後から近づくと、左右の腕を貴方に絡め、ギュッと抱きしめる。
「お帰り小百合」
「ただいまダーリン」
日々、繰り返されるこの瞬間が、私は大好きで、幸福度はMAXになる。
あぁ、私は貴方を、こんなにも愛している。
そう思うと、自然に涙が頬をつたう。
その涙は貴方が命と同じくらい大切にしている頭部に、ポツリと落ちる。
毛が一本も無い彼の頭皮を、丸いままコロコロと流れて行く。
そう、早朝の畑の、里芋の葉に朝露が、コロンと光っているように。
部屋の灯りを反射して、虹色に輝きながら、その丸くて透明なものは、貴方の頭を伝って肩に落ちる。
「小百合、また泣いてるのかい」
キーボードを打ちながら貴方は云う。
「だって、幸せ過ぎるから……」
貴方は無言で、巻き付いている私の腕に、そっと自分の手を重ねる。
あぁ、私は自分がこんなにも幸せ者だなんて。ちょっぴり怖くなる。
「大丈夫さ。何も悪いことなど、起こらないのだから」
私の心の中を見て来たかように、貴方は毎回、そう云うのだ。
私は嬉しくて、また泣きそうになる。
「小百合、今夜は夕食を作るのを休みにして、何か宅配でも頼もう」
私が黙っていると、彼は振り返り、ようやく私に顔を見せた。
「な、そうしよう。小百合を、たまには家事から解放してあげたいんだ」
優しい瞳をした貴方が、そう云った。
私は大きく頷いた。
「決まりだね。小百合は何が食べたい?」
「私、実はお腹が空いているの。仕事が忙しくて昼食を食べそこねたから」
「えっ!お昼ご飯を食べてないのか。それは空腹だろう。何でもいいさ、小百合の食べたい物にしよう」
「そしたら……ピザでもいいかしら」
「もちろん!僕もピザは好きだし、小百合とは味の好みも合う。好きなピザを何枚でも頼むといい」
私は笑いながら、
「何枚もなんて食べられないわ。Mサイズのピザを2種類でいいかな。もちろん2人分よ」
「OK。生地はクリスピータイプでいいね?」
「同然。あのパリパリした食感は大好きだもの」
2人でピザ屋のメニューを見て、ミート系のと、マヨネーズで味付けをしたピザに決めた。彼は直ぐに携帯から注文をした。
「混んでるらしい。40分くらいだって」
「ありがとう。じゃあ着替えてくるわね。
あ、貴方はもう、シャワーを浴びたの?」
「浴びたよ。小百合が帰宅する15分前に済ませた」
「お、お手入れは?」
不安気に私は訊いた。
貴方は笑顔で、
「もちろんまだだよ。だってあれは小百合がやりたいんだろう?」
「あ〜良かった〜。着替えを終えたら、直ぐやるから、待っててね」
「はいはい、どこにも行かないから安心して着替えておいで」
貴方は笑顔でキーボードを打ち始めた。
私は急いで着替えをし、貴方の居る、キッチンに戻った。
「急がなくていいって云ったのに全く小百合は」
貴方は半分、呆れ顔で微笑む。
「だってシャワーを浴びてから、あんまり時間が経たないほうがいいと思って。
準備は出来てるわ、やりましょう」
「じゃあ、宜しく頼みます」と、貴方。
「任せてね」
私は化粧水の瓶と、コットンを持ってきてある。
コットンに、大目に化粧水を染み込ませる。
そしていよいよ、貴方の頭皮の、お手入れ開始。
トントントンと、貴方の頭をコットンでパッティングをしていく。
「気持ちいいなぁ。自分でやるより全然いい気持ちだよ、小百合」
「でしょう?こんなにピカピカで、ツヤツヤの美しい頭皮を見ると、どうしても、お手入れがしたくなるの」
「そんなものかねぇ」
「そうよ。ましてや愛する人の頭だもの。常にキレイでいて欲しいの」
「ありがとう小百合。そういえば、話したことがあるかもしれないが、僕が将来ハゲになることは、中学1年の時にはもう決まってたんだ」
「どういうこと?」
「学校から帰ると、祖父に呼ばれてね。
行ってみたら祖父は、いきなり僕の髪の毛を触ったんだ。
そして云われたよ、『お前は絶対にハゲる』ってね」
「お爺さまが、そんなこと……。ショックだったでしょう?」
「ザワザワしたのを感じたよ」
「分かるわ、その感じ」
私はパッティングを続けながら、そう云った。
「いや、ザワザワしたのは僕じゃないんだ」
「えっ? じゃあ何がザワザワしたの?」
「小百合がいま、お手入れをしてくれてるところ」
「は?私が?だって、それは……」
「僕の頭皮の毛穴たちさ。僕には何を話しているのかが、よく伝わってきたから」
「……毛穴、たちの話しが分かったと云うこと?そもそも毛穴って話すの?」
「話す。僕もこの時に分かったことだけど」
「何て云ってたの?その……貴方の毛穴」
「色々だよ。とにかく大騒ぎしてた。ある毛穴は、『えー!こいつ、将来ハゲるって?』
『せっかくこんなに健康な毛穴に生まれたのに。ハゲるんじゃ働ける時間が短いってことだろう?やだな〜オレ』
悔しそうに、そう云ってたよ」
「なんて言えばいいのか」
「小百合が気にすることはないよ。
その晩は、毛穴たちが、ずっと喋ってるからオレは眠れなかったよ」
「そうだったの、パッティング終了したわよ」
「あぁ、ありがとう。気持ち良かったよ」
「お喋りの内容を訊いてもいい?」
「いいよ。とにかくよく話してたな」
『毛穴人生、今回は負け組かよ』とか、
『その勝ち組み、負け組っていいかた、オレは大嫌いだ』
そう、怒る毛穴もいたしね」
私は何も言葉が浮かばない。
ただ、訊いているのが面白かった。
貴方には悪いけど。
「そして毛穴たちは、相談を始めたんだ」
「相談?」
貴方はゆっくり頷いた。
『いつ頃からハゲさせたらいいんだ』
『順番というものがあるだろう』
『そうだな。先ずは毛根に頑張らないように伝えないと』
ハア〜〜〜
毛根がタメ息をつくのが聞こえた。
『毛根、分かるよキミの気持ち』
毛穴が優しくそう云った。
『ありがとう毛穴。俺さ、過去に何度も毛根としての道を歩いて来た。
そこには、毛根としての意地と気合いが常にあったんだ。
少しでも永く、太くて強い毛を生み出すぞ!ってね』
毛穴たちは黙って聴いている。
時々、すすり泣く声も混ざっていた。
『なのに……こんな日が来るとはな。
細くて弱々しい毛を生えさせるわけだ、
直ぐに抜け落ちるように』
そう云って、毛根はまた、タメ息をついた。
毛穴が云った。
『俺たちも元気でいるわけには、いかない。段々と縮んで、毛を生えにくくしないとな』
『ちょっと待ってくれ。コイツはまだ中学1年だ。今からハゲさせるわけにはいかないだろ?いつ頃を予定しておく?』
『そうだな、せめて学生時代は可哀想だから、社会人になってからだな』
『そうだな、そう思っておこう』
「あっそう云えば」
「どうした、小百合」
「以前に貴方は自分の大学時代の写真を見せてくれたわよね?」
「そんなこともあったな」
「あの時の貴方の髪、すごい量だった。
なんていうか、爆発しているみたいに私には見えたわ。ベートーベンみたいだった」
「……葉加瀬太郎を意識したんだが、ベートーベンではなく」
「ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。確かにあの頃の髪の毛の量は凄かったな。僕はくせ毛だから、小百合の云う通り爆発してたな」
「あの時……僕は彼等の会話を聴いていた。毛穴たちの話しをね」
「なんて云ってたの?」
『よっしゃーー!最後に一花咲かせるぞ!
みんな、いいか』
『もちろんだ!毛穴の熱い思いを全部出すぞ!』
『オレたち毛根も、先に旅立った仲間たちの想いも込めて、ありったけのパワーを出して、最高の髪質のを、生むからな!』
『オーーーー!』
私は貴方の頭皮を優しく撫でた。
「ステキよ、あなたたち」
そう云うと、頭皮に、たくさんのキスをした。
ありがとうの感謝を込めて。
また、涙が出てしまった。
同じように、コロコロと貴方の頭皮を転がって行った。
貴方は椅子から立ち上がり、力を入れて、私をハグした。
「僕はもうすぐ還暦になる。こんな初老の男でも良かったら、結婚してくれないか」
「私も来年には40になるのよ。でも……
嬉しい!ずっとずっと一緒に暮らせるなんて夢のようよ」
その時、貴方と私に光がキラキラと降り注いだ。
神さまが、祝福してくださっているのを、私は感じた。
貴方の頭にも、光が眩しく輝いている。
ありがとう、毛穴
ありがとう、毛根
ありがとう、愛する貴方
そして、ありがとう、最後まで読んでくださった人よ。
あなたにも、愛と光が注がれますように。
了
㊗️お陰様で【ハゲ賞】を受賞しました🎉
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