#【なんか違う気がするんだけど】
時刻は午後9時を周ったところ。
晴美はキッチンで洗い物をしていた。
「ねえ、晴美ちゃん、ちょっと訊きたいんだけど」
夕飯を食べてる夫の圭太がそう云った。
「なに?もうすぐ終わるから、少し待って」
晴美は洗い物を済ませると、テーブルの圭太の目の前に座った。
「お待たせ。訊きたいことって何?」
「うん、今夜の夕飯は、麻婆豆腐だよね?」
「そうだけど、不味かった?」
圭太は何か考えているようだ。
そして口を開いた。
「あのね、不味いのとは別なんだけど」
「うん、いいよ、遠慮しないで。何でも訊くわよ」
✴️✳️
「気を悪くしないで欲しいんだけど、僕は麻婆豆腐の辛さは、唐辛子ではなく、山椒を使うのが好きなんだ」
「うん、知ってる。あのね、作っている時に山椒を切らしている事に気付いたの。でも山椒だけ買う為にスーパーに行くのが、面倒になって唐辛子を使いました。ごめんなさい」
「そっか、謝らなくていいよ。少しガッカリしただけ」
「そうだよねぇ」
「例えば、晴美ちゃんがドングリをもらったとする。けれど家に帰ったら、クルミに変わってたら、晴美ちゃんはどう思う?」
「嬉しい」
「えっ?」
「だって、ドングリじゃ、食べられないけど、クルミなら食べれるし、美味しいし」
「ふ〜ん……じゃあさ、クルミだと思って割ってみたら中身はマカデミアナッツだったらどう?ガッカリしない?」
「しない。マカデミアナッツのほうが、クルミより好きだから。さっきからどんどん、美味しくなってるね」
圭太は黙って麻婆豆腐を食べ始めた。
✴️✳️
圭太と結婚してもうすぐ5年が経つ。
彼は誠実だし優しい。
だから晴美は圭太と結婚して良かったと思っている。
ただ、時々だが、どうも会話が成立していないと感じることがある。
気のせいならいいけれど。
日曜日。
圭太も晴美も寝坊をする。
日頃の睡眠不足を補うかのように、いつまでも寝ている。
太陽は、もうすぐ真上にくる時間だ。
ピーンポーン
「せっかくの日曜日の楽しみが、インターホンに邪魔されてしまったわ」
晴美はブツブツ云いながら、ベットから出て玄関まで行った。
「はい、どちら様でしょうか」
そう訊いた。
✴️✳️
「お待たせしました。ミート&チーズです」
「ミート&チーズ?イタリアンの?何だろう」
晴美は玄関ドアを開けた。
「ありがとうございます!ご注文のピザをお届けに来ました」
「ご注文のピザ?家が注文したの?」
「はい!サラミのピザと、ポテトピザの2種です。どちらもクリスピータイプです」
「えっと……家、注文してないの。届け先を間違えてない?」
宅配の男の子は、動揺し始めた。
「とりあえず、お店に電話して確認した方がいいわよ」
彼は直ぐに電話をかけた。
少しして電話を終えた彼は、肩を落とした。
「どうだった?配達先は分かった?」
彼は力無く首を振った。
「いたずらだったみたいです。聞いていた番号にかけたら、『現在使われていません』のテープが流れました」
「ええ!ヒドイ事する人がいるのね!」
「仕方がないです。お騒がせしてすみませんでした」
そう云って、彼は帰ろうとした。
✴️✳️
「ちょっと待った!」
晴美が驚いて振り向いたら、パジャマ姿の圭太が立っていた。
「宅配のキミ、そのピザは家が買おう」
「えっ、でも……」
「そうよ、『でも』よ。お給料前なのよ?」
「晴美ちゃん、今日のお昼は何を、食べる予定なの?」
「お蕎麦でも茹でようかなって思ってるけど」
「晴美ちゃんは、ピザと蕎麦とどっちが食べたい?」
「それはピザがいいわよ」
「だろう?だったらピザに決定!」
「ちょっと圭太、お給料前だって云ってるのに。宅配ピザは、美味しいけど値段も高いの知ってるでしょう?」
「キミ、ピザ代はいくら?」
「2枚ともLサイズで、トッピングも多かったので、5870円です」
「5870円!無理無理、圭太、お蕎麦にするから」
「僕が払うなら、構わないだろう?小遣いから出すよ」
「小遣いって……」
「キミ、6000円からで」
「あ、ありがとうございます!こちらお釣りです。助かります。失礼しました」
✴️✳️
圭太はさっそくピザの箱を開けた。
「旨そう!晴美ちゃん早く食べよう。冷めない内にさ」
晴美は、どうも何が引っかかっていた。
「あのさぁ、圭太の小遣いが何故いまごろ6000円もあるの?お給料は明後日だよ。いつも小銭しかないのに」
「そんなことより早く食べなって。旨いから」
晴美は納得がいかず、玄関に立ったままだ。
「晴美ちゃん、今日の夜、デカい隕石が家に直撃して死んじゃうかもしれないのに、最期に食べた食事が、安売りの蕎麦ってどう?悲しくない?」
「急に隕石の話しをされても……」
「隕石とピザと安売り蕎麦の関係性について聞きたい?」
「聞きたくない」
✴️✳️
その夜は、久しぶりに散歩に出た。
途中で面白い物を見つけた。
光る巨大なソフトクリームの看板だ。
「晴美ちゃん、僕はこの看板には異議を唱えたいと思う」
「可愛いじゃない」
「しかし、ここは歯医者だ。その看板がソフトクリームとは、どう思う?」
「だから、可愛いと思う」
「だって歯医者だよ?なぜ虫歯の原因を看板に使うのかが理解できない」
「別に理解しなくていいんじゃない」
「晴美ちゃん、もう少し頭を使おうよ」
「使ったところで、隕石落下で死んで、最期の食事が安売りの蕎麦とか、そんなのなんだもん」
「……ス、スクラッチで当てました」
「どうりで。いくら当たったの?」
「黙秘します」
「あっそ、分かりました。このままホテルにでもお泊まりください。では、おやすみなさい」
「は、晴美ちゃん、当選金額が5000円と50000円と、どっちがいいですか?」
晴美は、ニンマリと笑い、
「家に帰ってもいいよ、圭太」と、云った。
「えっ!なんで、50000円だと分かったの?」
「やっぱり50000だったのね」
「うっ!ひ、引っ掛けただろ」
「圭太、お財布に5000円入ってる、と思っていたら、50000円入ってたら、ガッカリする?」
「ガッカリはしないけど不思議だと思う」
晴美は笑った。
たくさん笑った。
そして、云った。
「圭太のことが、すこ〜しだけ、分かった気がする」
さっさと歩いて行く晴美に、圭太は慌てて叫んだ。
「ぜ、全部?全部没収ですか?晴美ちゃん、全部ですかーー」
(完)
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