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♦️昼休み  (後編)

「花山由紀恵さん初めまして。風間颯太といいます。サラリーマンをしています」

「……」

「貴女が虐められていると訊いています」

「……」


「風間さん、その通りです。夏頃が一番酷かったと由紀恵ちゃんから訊きました。

その前から、昼になるとベンチでお弁当を食べてる姿を見るようになってたんです」

管理人の言葉を俺は頷きながら訊いていた。


「自宅に帰る気持ちには、なれませんか?」

「……帰るのは絶対に嫌です」

由紀恵さんは、下を向いてそう云った。


「お父さんのことですね?」

「……」

「俺も、お父さんの意見には反対です。

貴女は何も悪くない。これは絶対にです」

由紀恵さんは顔を上げて颯汰を見た。

「ただ由紀恵さんのお爺さまが心配しています」


「おじいちゃんが」

「ええ、可愛いお孫さんのことですから心配されてます。

あ、俺は由紀恵さんのお爺様が次長をなさっている会社にお世話になっているんです」


         🍃🍂🍃


彼女はゆっくり頷いた。

「お爺様にだけは連絡をして欲しいんです」

彼女は管理人を見た。

「うん、わたしもそれがいいと思う」

しばらく黙っていたが、小さな声で

「分かりました」

そう云った。


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管理人は俺に椅子を用意してくれた。

ありがたく使わせてもらうと、今後はお茶を入れたカップを渡してくれる。

面倒見のいい優しい人で由紀恵さんには本当に良かった。


「ん?いい香りですね」

管理人はにっこりしながら、

「実はハーブティーが好きなんだよ。見かけによらないだろう?これはレモングラスのお茶なんだ」

「ほんのりレモンの香りがして、ホッとする味ですね」


「気に入ってもらえて良かった。由紀恵ちゃんも好きなんだ。ね?」

「はい、好きなハーブティーです」

俺は気になっていたことを、由紀恵さんに訊いてみた。

「教室でお弁当を食べるのが辛い気持ち、よく分かるよ。一人で食べた方が気が楽だよね」


由紀恵さんは、黙っている。

「風間さん、貴方が知りたいこと、わたしが彼女の代わりに話しても構いませんか」

俺は頷いた。

「由紀恵ちゃん、いいかな」

「……お願いします」

やっと聞き取れる小さな声で彼女は応えた。


        🍃🍂🍃


「由紀恵ちゃんは、自ら命を絶とうとしたんだ」

俺は何も云わずに訊いていた。

「この公園は、想像以上に広い。奥の方まで行く人は滅多にいない。そこには昼間でも薄暗い雑木林があるんだ」


「ある日、いつまで経っても由紀恵ちゃんが来ない日があった。最初は何も思わなかったんだが……何ていうかな。胸騒ぎがしたんだよ」


「空を見ると今にも雨が降り出しそうに、厚い雲が覆い始めた。わたしは『これはマズい、どんどん暗くなって行く』そしたら脚は雑木林に向かっていたんだ」


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「林の中に入ると、由紀恵ちゃんが居た」

俺が由紀恵さんを見ると、彼女は泣いていた。

辛かっただろう、父親の意見だけではなく、学校側も見て見ぬ振りをしたのは予想がつく。


「由紀恵ちゃんは、地面に座っていた。太い樹の下で、手にロープを持って泣いてたんだ」


      🍃🍂🍃


「か、管理人さんは、わ、たしが、泣き止むまで、待って……てくれた、んです……。

ポツポツと、雨粒が落ちて来る中で、ずっと、待っててくれました」

由紀恵さんは、泣きながらそう話した。


「この日から、由紀恵ちゃんを管理人室に住まわせるようにしたんだよ」

「そうだったのですね。食事はどうしてたんですか」

「わたしの仕事は夕方までだから、作ることもあるし、買うこともあったな」


由紀恵さんは、「そうです」

とだけ云った。

「夜はわたしは自宅に帰るから、由紀恵ちゃん一人になってしまうのが心配だった。

けれど扉はかなり頑丈だから大丈夫だと思うことにした」


俺は話しを訊きながら、彼女が厚手のジャケットを羽織っていることに気がついた。

きっと半袖のブラウスだから寒いのだろう。

問題はこの先どうするかだ。

いつまでも、このままという訳にはいかない。


「由紀恵さん、これは俺の提案なんですが、お爺さまに話しをして、学校を変わったらどうでしょう」

「転校するわけですね。わたしもそれが一番いい解決法だと思います」

管理人も同じ考えだったようだ。


「由紀恵さんのお父さんは、転校には反対するでしょう。だからお爺さまに全てを話して分かってもらうんです」


         🍃🍂🍃


由紀恵さんは考えているようだった。

しばらくして、

「おじいちゃんに相談してみます。

転校のことを」

そう云って彼女は目を閉じた。

「由紀恵さんが生きていてくれて本当に良かったです。虐めをするような連中は、貴女が自らの命をかけても無理です。

反省などしないです。そんな奴らのせいで貴女が死ぬことはないですよ」


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11月も後半になると、アッという間に陽が落ちる。

そして急に気温が下がり冷えてくる。

「由紀恵さんと次長の話が上手くいくといいがな」


「毎晩コンビニ弁当が続いたから今日くらいは何か作るか」

そう思いスーパーに寄った。

体が暖まる物が食べたい。

「うどんにするか、おでんにするか」


悩んだ末に、安く上がるから、うどんにした。

「安売りの肉とネギ、あと卵があればいいだろう」

材料を買ってマンションに帰宅。

「めんどくさくならない内にサッサと作ろう」


肉は“細切れ”を買った。

鍋のお湯が沸騰したら肉を入れる。

ネギはザックリと切り、鍋の中へ。

俺はうどんは柔らかいのが好きだから、早めに煮込む。

肉から出たアクを取り、後はしばらく放っおく。


      🍃🍂🍃


卵を入れて完成だ。

俺はうどんを食べながら部屋を見渡す。

「他へ引っ越すか」

何となく口から出たセリフ。

住み心地は悪くはない。

ただぼんやりとこの部屋から出たい、

そう、思った。何故なら……。


「いるもんな、ラップ音も、頻繁にするし、

そういうの、俺は嫌いだし」


2日後、花山由紀恵さんから電話があった。

お爺さん、つまり宮國次長に電話し話をして、お父さんにも話してもらい、転校する方向で考えている。

近く、お爺さんに会いに行くそうだ。


「良かった」

そう思った。

真夏に半袖のブラウスを来て、一人お弁当を食べていた頃が由紀恵さんにとって、一番辛い時期だった。


その時の彼女の強い想い。

それがずっとあの公園のベンチに留まっていたのだ。

俺が見たのは、その時の彼女だった。

『死』が彼女にささやき出していた頃。


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翌日、俺は管理人室に居た。

由紀恵さんは、お爺さんと一緒に自宅に戻ったそうだ。

この部屋も、サッパリと片付けられていた。


「風間さん、由紀恵ちゃんを探し出してくれてありがとう」

「いえ、彼女が貴方のような方に出会えたのは、本当に幸運でした」

「それならいいんだがな。わたしはこれから出頭して来るよ。元気でな風間さん」

「管理人さんも、お元気で」

俺たちは握手をして別れた。


1ヶ月頃

俺は引っ越しの準備を終えたところだ。

「物が少ないから楽だな」

段ボール箱の数も少ない。


インターホンが鳴った。

引っ越し業者だろう。

俺は、家の中を見回した。

「住みやすい、いい部屋だったよ。でも俺は怖いのは苦手なんだ、残念だけど。

じゃあ行くね。お世話になりました」


鍵を開けると業者の人が2人、入って来た。

「宜しくお願いします。俺は下に止めてある自分の車の中で待ってますので」

「はい!分かりました」


俺は、エレベーターの来るのを待っていた。


ーーついてくわ、貴方って面白いんだものーー


「えっ?」


       (完)




















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