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おじいちゃんてばー

「おじいちゃん、そろそろお風呂……あら?」

「タカシ、タカシ、おじいちゃんが、またどっかに行っちゃたから、探して連れてきてくれる」


「だって、この続きはまた明日な」

「分かった、じゃあねバイバーイ」

家のおじいちゃんは、すぐどっかに行っちゃうから、遊んでるのにいつも中途半端になって困るよ。


でもね、おじいちゃんがどこに居るのかなんてボクには簡単に分かるんだ。

たぶん今日は、ここ。

 

  【うなぎ 伊勢辰】

お店に入ると、いた!おじいちゃんだ。

「鰻は『うな丼』で十分なんだよ、『うな重』なんざ高いだけでもったいねえ」

「まいったなぁ、熊きっちゃんには敵わないよ」


「おじいちゃん」

「おっ、可愛い孫が迎えに来たよ熊吉さん」

「ん?なんだタカシか。どうかしたか」

「お母さんが呼んで来いって」


「もうそんな時間か?まだ話し足りないんだがなぁ」


       🍙🍘


「帰んなきゃだめだよ熊吉さんよ。わざわざタカシ君が来てくれたんだ」

「おめぇは俺が早く出て行けばいいと思ってんだろ。ボッタクリの伊勢辰オヤジ」

「またそんなこと云ってら。とにかく今日は帰んな。よしこさんも待ってるからさ」


「仕方ねぇから帰ってやるよ。ボッタクリオヤジ」

「ボッタクリじゃねぇっての。タカシ、おじいちゃんを頼むわ」

「はい、行こうおじいちゃん」


外に出ると、冷たい風が吹いてきた。

「なぁタカシ」

「なに、おじいちゃん」

「よしこさん怒ってたか?」


「お母さんは怒ってないと思うよ」

「そうか、それならいいんだ」

ボクのおじいちゃんは外では口が悪いけど、お母さんには、大人しい。

いつも怖がってるんだ。

ボクはそれがすごく面白い。


         🍙🍘


「あ〜いい風呂だったよ、よしこさん」

「良かったわ、夕ご飯にするけどいいですか?」

「いいも何も腹ペコだ、いただくとしよう。ところで昭夫は今日も遅くなるのか?」

「連絡は無いけど、たぶん」

「働き過ぎだな、昭夫のヤツは」

「まぁそうですけど、昔のように仕事が無くて先が不安だった時に比べたら、今は恵まれていると思います」


「よしこさんの立場なら、そうかもしれんな」

「そうですね。生活のことを考えたら収入は大事です」

ボクは、お母さんとおじいちゃんの3人で食べる夕飯が大好きだ。


お父さんにも居てほしいけど仕事が忙しいので仕方がないんだ。


         🍙🍘


ご飯を食べ終えると、ボクはおじいちゃんの部屋に行く。

お菓子がもらえるからだ。

ただし、お母さんにバレないように、コッソリ行く。


お母さんは虫歯、虫歯っていう。

だから、甘いお菓子は買ってくれないんだ。

「おじいちゃん、来たよ」


「よお!タカシ、例の物だろう」

「えへへ」

おじいちゃんは、押し入れから、大きな袋を出して、ボクに見せた。

「どれでも好きなやつを持ってけ。ただしちゃんと歯を磨くんだぞ」


         🍙🍘


「は〜い」

ボクは今日は外国のチョコレートと、たまごボーロにした。

ボクはおじいちゃんに、あることを訊いてみた。


「おじいちゃん」

「なんだ、タカシ」

「おじいちゃんは、なんでお母さんのことを怖がるの?」


「タカシから見たら、怖がって見えるか」

「うん、見える」

「怖がっては、いないんだよ。ただよしこさんには大変な苦労を掛けたと感謝してるんだ」


「そうなんだ」

「タカシは、ばあちゃんのこと覚えているか?」

「薄っすらと。いつも布団で寝てた」


「うん、ばあちゃんは昔から病弱だった。

ほとんど寝た切りだったよ」

ボクは、たまごボーロを食べながら訊いていた。


         🍙🍘


「よしこさんは、それを知った上で、昭夫の嫁になってくれた。本当にありがたいことだ」

「そうなの?」

「そうだよ。タカシにはまだ分からないかもしれんがな、よしこさんは、昭夫にはもったいない、いい嫁さんだ」


翌日、ボクはお母さんに訊いた。

「お母さんはお父さんと結婚して大変だった?」


お母さんは驚いた顔でボクを見た。

「どうしたの?突然」

「おじいちゃんが云ってた。よしこさんは、いい嫁さんだって」


お母さんは黙って聞いてた。そして、

「タカシ、おじいちゃんが、そう云ってたのね」


「そうだよ、おばあちゃんが寝た切りだから、大変だったの?」

「大変ねぇ……少しはそうだったかな。でも優しいおばあちゃんだったのよ、だからそんなでもなかったわね」


「ふ〜ん、でも、ボクやっぱりお母さんはエライと思う。遊びに行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。夕ご飯までには帰るのよ」

ボクは見てなかったけど、お母さんは、このあと、ボンヤリとしていたみたい。


          🍙🍘


ボクは同じ5年B組のツヨシと公園で遊んでいた。

「タカシさ、お前のおじいちゃんは、東京の浅草に居たの?」


「訊いたこと無いなぁ、ずっとここだと思うけど。なんで?」

「とーちゃんが、タカシのおじいちゃんは、江戸っ子なのかなぁって云ってるからさ」


「話し方は変だよな」

「だろう、今度おじいちゃんに訊いてみろよ」

「うん、分かった」


市役所が5時の音楽を流してる。

ボクはツヨシと別れて家に戻った。


「タカシ、ごめんね、今日もおじいちゃんを連れて来てくれる」

お母さんに頼まれてボクはまた、おじいちゃんを迎えに行った。やれやれ。

今日のおじいちゃんは、たぶんアソコだ。


    【祭り湯】

おじいちゃん、ケンカしてないといいけど。

ボクは『男』と書いてある、のれんをくぐり、中に入った。

「この、ウスラトンカチ!祭りと云えば、徳島の阿波踊りだろうが!」

「ウスラトンカチは熊、お前だわ!祭りと云えば、青森のねぷた祭だと決まってるんだよ!」


「阿波踊り!」

「ねぷた祭!」

「おじいちゃん、帰るよ」


「よく来たタカシ、祭りと云えば、阿波踊りだよな?」

「いや、よく聞けタカ坊、祭りはな、やっぱりねぷたが最高なんだぞ」


「ボク両方とも知らないけど」


「……」


「帰るか、タカシ」

おじいちゃんは腰を上げた。

すると番台に居る、ねぷた祭の新平さんが、おじいちゃんに声をかけた。

「おい、熊。本当は浅草の三社祭なんだろ?」


一瞬、おじいちゃんは、怖い顔をした。

でも、何も云わないでボクと外へ出た。


        🍙🍘


歩きながらも、おじいちゃんは喋らない。

こんなに静かな帰り道は初めてだ。

ボクは思い切って、訊いてみた。


「ねぇ、おじいちゃんは東京の浅草に居たことがあるの?」

「あ?……」


こんなに驚いたおじいちゃんを、見たことがないから、ボクはビックリした。

おじいちゃんは何か考えているみたいだった。


「オレの友達が住んでいたんだよ。だから行ったことはある」

「へえ。その友達は江戸っ子なの?」

「いや、それは違う。生まれはここだ。友達のオヤジさんの転勤で、家族で東京に引っ越したんだ。それからはずっと、浅草に住んでたな」


「じゃあ、おじいちゃんの話し方は、その友達のが移ったんだ」

「オレの話し方?」

「だって、おじいちゃんは外では江戸っ子みたいな話し方するからさ」


おじいちゃんは、少しの間、黙っていたが、

「そんなことを云ったら、本物の江戸っ子に怒られるぞ。オレのは自己流だ」

と、だけ話すとまた黙ってしまった。


家に帰っても、おじいちゃんは、静かだった。

その時、玄関から声がした。

「ただいま〜」

お父さんだ!


お母さんとボクは玄関に向かった。

「あなた、お帰りなさい」

「ああ、ただいま。お、タカシただいま」

「お父さん、おかえりなさい。今日は早いんだね」


「たまには早く帰らないと、体が持たないからな」

ボクたちは、夕ご飯を食べていたところだ。

「親父、ただいま」

お父さんは、おじいちゃんに、そう声をかけた。


「お疲れだったな、昭夫」

おじいちゃんは、そう云って、また夕ご飯を食べ始めた。

「今夜は魚の煮付けか、最近は残業続きで外食ばかりだったから、こういった家庭の味は嬉しいなぁ」


そう云って、お父さんは服を着替えに行った。

ボクもまた夕ご飯の続きを食べ始めた。

おじいちゃんは相変わらず黙って、ご飯を食べている。


そこへ着替えを終えた、お父さんがボクの隣りに座った。

「あなた、お味噌汁はどうします。お豆腐と油揚げだけど」


「味噌汁か、たまには食べるか」

お父さんは、お味噌汁があまり好きじゃない。

お味噌が苦手みたい。


         🍙🍘


ボクはお父さんにも訊いてみた。

「お父さんも、おじいちゃんの友達に会ったことある?」

「親父の友達?」

「うん、浅草の」


ガチャーン!


「ごめんなさい、お皿を落としてしまって」

お母さんが、慌ててる。

「大丈夫か?怪我はしなかったか?」

お父さんが、声をかけた。

「うん、大丈夫よ。タカシ、ちょっと」


お母さんに呼ばれて、ボクが行こうとしたら、

「よしこさん、もういいよ」

おじいちゃんが、そう云った。

「でも……」


「オレの口から、タカシには話すことにするよ」

「親父、いいのか?」

「孫に嫌われるのは、辛い。だけど本当のことを話すことは大切だ」


         🍙🍘


おじいちゃんはボクを見た。

「タカシ、話したいことがある。訊きたくないかもしれないが、それでもいいか」


ボクは、今まで見たことのない、おじいちゃんの真剣な顔を見て、うなずいた。

「ありがとう。実は、ばあちゃんのことなんだがな。亡くなった時に、オレは傍に居てやることが出来なかった」


お父さんも、お母さんも、辛そうにしていた。

「どうして?そう思うだろう」

「うん……」


「おじいちゃんは、その時、浅草の友達のところに居たんだ。その友達は女の人だ」

ボクは黙って、おじいちゃんの話しを訊いていた。

「その女の人も病気だった。独り、狭い部屋でずっと寝ていたんだ」


「家族の人は、いなかったの?」

おじいちゃんは、うなずいた。

「誰もいなかった。だから病気は重かったのに、入院も出来ずにいたんだ、お金が無くてな」


「オレは友達だから、その人のことがずっと心配だった。だから時たま浅草まで友達の様子を、見に行っりもした」


「ばあちゃんも病気で寝たきりなのに、よしこさんに、全部任せて浅草に行ってた」


         🍙🍘


家の中が、静まり返ってる。そうボクは思った。


「オレが浅草に行ってる時に、よしこさんから連絡が入った。ばあちゃんの意識がないと。病院からだった」


「だがオレは帰らなかった。何故なら浅草の友達の容態も危なくなっていたんだ。病院に連れて行こうとすると、友達は、『絶対に嫌です。死ぬのならこの部屋で死にたい』そう云った」


ふう……。

おじいちゃんは、息を吐いた。

そして、話しを続けたんだ。


「友達は、その晩遅くに亡くなった。最期を看取ったのはオレだけだったよ。家族や親戚は誰も来ない。だからオレは、オレ一人でも、友達があの世に帰るまでのことを、してあげたいと、そう思った」


見ると、おじいちゃんは泣いていた。


「親父、もういいよ。ここからは僕が話すから」

お父さんが、そう云った。

「タカシ、人が亡くなったら、通夜と葬儀をするんだ。そのあと、火葬場に行って亡くなった人を天国に送る。親父は、その人を天国に送るところまでは、やりたいと、そう云った」


ボクは、緊張しながら話しを訊いていた。

「同じ頃に、おばあちゃんも息を引き取ったんだ」

「えっ!」ボクは思わず声が出てしまった。

「だって、おじいちゃんは浅草にいたんでしょう?」


「そうだ。親父は浅草の友達のところに居た。理由はさっき話した通りだ」

「……」

おじいちゃんの涙は止まらないみたいだった。


「でもね、タカシ」

お母さんが話しを始めた。

「私は生前に、おばあちゃんから訊いてたことがあるの。

それは、『もしもの時に、あの人が傍に居なくても、わたしは大丈夫だから、あの人のやりたい通りに、やらせてあげてね。困ってる人を黙って見てられない性分だから。わたしはね、よしこさん、あの人のそういうところにも惚れたのよ』

おばあちゃんは、そう話していたの」


それを訊いたおじいちゃんは、驚いていた。

そして、両手を合わせて、また泣いていた。


「だから、お父さんも、私も、おじいちゃんの気持ちを尊重して、おばあちゃんのことは、私たちと親戚の人で、天国に送ったの」

お母さんも泣きそうになっていた。


「タカシ、自分の女房が死んだのに、全てを昭夫とよしこさんに任せて、オレは、友達の傍に居たんだ。悪いおじいちゃんだと思ったろう」


「ボクは、そんなふうに思ってない」

そう云ったら、おじいちゃんもお母さんも、そしてお父さんも、皆んながボクのことを見た。


「だって、おばあちゃんは、お父さんやお母さんや親戚の人たちで天国に送ったんでしょう?」

「でも、浅草の友達は、独りぼっちだったんだよ。おじいちゃんが一緒で良かったと思う」


「タカシ……。おじいちゃんのこと、嫌いにはならないのか?」

「なるわけないじゃん、その友達はきっと喜んでると思うよ、おじいちゃんが傍に居てくれたから。おじいちゃんは優しいんだ」


おじいちゃんたちは、驚いたような、安心したような、そんな顔をした。

「タカシ、この町は小さいから、このことはアッと言う間に広がって、中にはおじいちゃんのことを非難する人もいるの。

いつかタカシの耳にも、おじいちゃんを悪く云う人の話しが聞こえてくるかもしれない……」


お母さんは心配そうにしている。

ボクは、『祭り湯』の、新平さんのことを思い出していた。


『熊、浅草の三社祭だろう?』


あれは、このことを云ってたんだ。

「お母さん、ボクは平気だよ。おじいちゃんのことを悪く云う人がいたって大丈夫さ」

そう云って、ボクは笑った。


       🍙🍘


「タカシ、タカシ、悪いけどおじいちゃんを見つけて連れてきて」


まただよ、まったくもう。

今度からは、おじいちゃんに、出掛ける時には行き先をお母さんに伝えてからにしてって云おうっと。


それで、今日はきっとここだと思う。

 【指圧・鍼灸・マッサージ】

「いてててて!いてーんだよ、ヘタッピが!」

「俺がヘタッピなのではない。熊吉さんの腰が悪いから痛いんだよ」

「知ってるよ!だから来たんだ、なのに腰痛より指圧のほうが痛いってのは何なんだ」


「おじいちゃん、来たよ」

「いいところに来たぞタカシ。コイツはヤブだ。お前は来ちゃいかんぞ。そうしないと、ひでえ目に合うからよ」


「おじいちゃん、ボクはどこも悪くないからたぶん来ないと思う。それより早く帰ろう」


「分かった、帰る。ところでよしこさんは、怒ってないか?」


「ボク知らない」


「し、知らないってことは、怒ってる可能性もあるってことか?」

「だから知らないよ、ボクは。先に行くね」


「ちょっと、タカシ、本当は怒ってるんじゃないのか?よしこさん。待て、オレ一人にしないでくれ」


あの話しのあとも、おじいちゃんは相変わらずお母さんのことを怖がっている。

大人って、本当に面白いや。


「タカシ、タカシ、おい、オレを置いてくのかーー!」


      (完)



















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