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nonoji03
【約束ごとの結末】
「うわあああーーーー!」
「うるさいわね!」
「山芋が手首に、手首に!」
「はいはい、大変ね」
「使い捨ての手袋を三重にしたのに!菜箸についてたトロロが、て、手首についた!」
「先にお風呂に入るわね」
「ちょっと、桃香。」
「なに?」
「なにって、冷たいんじゃない?」
「どうしてよ」
「キミが、手作りの、がんもどきが食べたいって言うから、山芋アレルギーの僕がトロロを作ってるんだよ?」
「知ってるわよ」
「そのトロロが手首についたって言ってるのに」
「わたしに、どうしろと?ここに居ても何も出来ないでしょう?」
「出来るとかじゃなくて、何か一言あってもいいと思うんだけど」
「智史って、恩着せがましい」
「一滴でも肌に付くと、2時間はヒドイ痒みに苦しむんだよ」
「悪かったわ。がんもどきをリクエストして。すいませんでした!これでいい?
お風呂に入ってこよーと」
🧂🥣🍴
案の定、僕は2時間、手首を掻きむしった。
がんもどきは、何とか出来上がり他の惣菜も作り、僕と桃香は夕食を食べた。
食事の間、2人共、口をきかなかった。
最近、こんな日が増えた気がする。
「えっお前が食事を作ってるのか?」
「うん」
「いつから、お前が作ることになったんだよ」
「結婚してからずっと」
「……」
「空のコップをお下げします。ご注文はございますか」
「生、大ジョッキで2つ」
「はい、まいど!」
「智史さぁ、それは嫁を甘やかし過ぎだぞ」
「いや、結婚する時に約束したんだ」
「智史が作るってか?」
「食事だけじゃなくて、家事全般」
「どうしてそんな約束したんだよ」
「あいつ、家事はやらないことを条件で、プロポーズを受けてくれたんだ」
「結婚して何年になる」
「7年かな」
「それくらい経てば、変わるだろう?お互いに」
「そういうものなのか?」
「そうだよ、家事はやらないと云ってた嫁も、やるようになるよ、普通さ」
「そんなものかな」
「とにかく一度、嫁さんと話し合った方がいいぞ、今の内にさ」
🧂🥣🍴
「桃香、ちょっといいかな」
「なに、改まって」
「家事をしてもらえないだろうか」
桃香の顔が、見る見る変わった。
「約束したわよね、家事はやらないって」
「全部じゃなくていいんだ。少しでもやってもらえたら」
「少しでも嫌です」
「共働きなんだ。僕も疲れているのは分かると思うんだけど」
「どうしてもやれと云うのなら、離婚します」
「……離婚」
「約束は守ってくださいね。おやすみなさい」
「浅川主任、奥様とデートしてますか?」
「デート?行ってないけど」
「だめですよ〜。釣った魚に餌はあげない、になってますよ」
「そうなの?」
「当たり前です。たまには2人で映画を観に行って、その後レストランで食事、とか
海にドライブに出かけたりした方がいいですよ」
「デートねぇ」
「奥様、寂しいと思いますよ」
「デートか、そういえば、結婚してから、出かけてないな」
「それなら、尚更どこかに奥様と出かけるとか。きっと喜んでくださいますから」
「桃香は観たい映画とかある?」
「映画?いまは別にないけど」
「じゃあさ、今度の休みにドライブしないか」
「どうしたの?急に」
「いや、悪かったなって思ったんだ。結婚してからずっと、どこにも連れてってあげなくて」
「……」
「嫌かな、もっと他のプランがあれば……」
「ううん、嫌じゃない」
「ホント?ドライブ、どこに行こうか」
「横浜がいいな、赤レンガ倉庫とか」
「いいね、元町か中華街で食事しよう」
2人は久しぶりに笑った。
🧂🥣🍴
その時、僕の携帯が鳴った。
親戚からだった。
「叔父が倒れたらしい。今から病院に行ってくる」
「わたしは行かなくていいの?」
「まだ詳しいことは分からないから、桃香は家に居てくれて構わないよ。連絡するから」
「分かったわ。山形の叔父さん?」
「うん、だから数日間は泊まりになると思う」
「大事に至らないといいね。智史も大変だけど、気を付けて」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
僕は山形に向かった。
朝方、叔父が入院している病院に着いた。
まだ意識は回復していなかった。
僕は会社に、暫く休みますと連絡を入れた。
叔父の意識が戻ったのは、5日後のことだった。
幸いなことに、命に別状はないという事だ。
翌日には、もう普段の叔父に戻っていた。
「智史、遠いところ悪かったなぁ」
「大丈夫ですよ、とにかく叔父さんが元気になって良かったですよ」
「あぁ、命拾いしたわ。ところで桃香さんとは、上手くいってるか」
「はい、仲良くしてますから安心してください」
「そりゃあ良かった。桃香さんは両親を交通事故で亡くしてからは、親戚の家に預けられたからなぁ、小学生なのに、可哀想だったよ」
「叔父さんと桃香の親戚は、お知り合いだそうですね」
叔父は頷き、
「あの子は、まだ小さいのに親戚に気を使ってな、飯を作っていたそうだ」
「……桃香がですか?」
「やらなくていいと云っても作っていたんだと」
「だから、桃香さんの手料理は、旨いだろう?」
「……はい、とっても」
「うんうん、幸せにしてやれな、智史」
「はい、必ず幸せにしますから。安心してください、叔父さん」
🧂🥣🍴
その日の夕方に、僕は帰宅した。
玄関を開けると、桃香がいた。
「あれ?桃香、会社は?」
桃香は笑いながら、
「今日は日曜日よ。お帰りなさい智史。疲れたでしょう」
「うん、多少はな。でも叔父が元気になって良かったよ」
「本当に良かったわ。お腹は空いてる?」
「あ、そういえば朝から何も食べてなかった」
「あんまり、コッテリしてない方がいいと思って、雑炊を使ってあるの」
「料理、してくれたんだ」
桃香は、照れ臭そうにしていた。
「智史、今までごめんなさい。これからは、わたしも家事をするからね」
「でも約束が」
桃香は、「それはもういいの。わたしがいつまでも、昔のことを引きずってたから、智史にも無理を云ってきたけど、もう平気」
「でも、両親のこと、思い出すだろう?」
「それが普通よね。わたしが辛い過去から逃げてばかりいたのが間違いだと、やっと気がついたから、これからは、家事をするね」
「お互い無理はやめような」
「もちろん。2人でやろう、役割分担して」
「了解です、桃香さん」
僕らは、顔を見合わせて笑った。
「あ、そうだ、雑炊が食べたいんだった」
「了解。いま温めます」
ようやく、我が家に笑い声が響いた。
これが今の2人の食卓だ。
おしまい
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