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【約束ごとの結末】

「うわあああーーーー!」

「うるさいわね!」

「山芋が手首に、手首に!」

「はいはい、大変ね」

「使い捨ての手袋を三重にしたのに!菜箸についてたトロロが、て、手首についた!」

「先にお風呂に入るわね」



「ちょっと、桃香。」

「なに?」

「なにって、冷たいんじゃない?」

「どうしてよ」

「キミが、手作りの、がんもどきが食べたいって言うから、山芋アレルギーの僕がトロロを作ってるんだよ?」


「知ってるわよ」

「そのトロロが手首についたって言ってるのに」

「わたしに、どうしろと?ここに居ても何も出来ないでしょう?」

「出来るとかじゃなくて、何か一言あってもいいと思うんだけど」

「智史って、恩着せがましい」

「一滴でも肌に付くと、2時間はヒドイ痒みに苦しむんだよ」


「悪かったわ。がんもどきをリクエストして。すいませんでした!これでいい?

お風呂に入ってこよーと」


        🧂🥣🍴


案の定、僕は2時間、手首を掻きむしった。

がんもどきは、何とか出来上がり他の惣菜も作り、僕と桃香は夕食を食べた。

食事の間、2人共、口をきかなかった。

最近、こんな日が増えた気がする。



「えっお前が食事を作ってるのか?」

「うん」

「いつから、お前が作ることになったんだよ」

「結婚してからずっと」

「……」

「空のコップをお下げします。ご注文はございますか」

「生、大ジョッキで2つ」

「はい、まいど!」



「智史さぁ、それは嫁を甘やかし過ぎだぞ」

「いや、結婚する時に約束したんだ」

「智史が作るってか?」

「食事だけじゃなくて、家事全般」

「どうしてそんな約束したんだよ」

「あいつ、家事はやらないことを条件で、プロポーズを受けてくれたんだ」

「結婚して何年になる」

「7年かな」

「それくらい経てば、変わるだろう?お互いに」

「そういうものなのか?」

「そうだよ、家事はやらないと云ってた嫁も、やるようになるよ、普通さ」

「そんなものかな」

「とにかく一度、嫁さんと話し合った方がいいぞ、今の内にさ」


        🧂🥣🍴



「桃香、ちょっといいかな」

「なに、改まって」

「家事をしてもらえないだろうか」

桃香の顔が、見る見る変わった。

「約束したわよね、家事はやらないって」

「全部じゃなくていいんだ。少しでもやってもらえたら」

「少しでも嫌です」

「共働きなんだ。僕も疲れているのは分かると思うんだけど」

「どうしてもやれと云うのなら、離婚します」

「……離婚」

「約束は守ってくださいね。おやすみなさい」



「浅川主任、奥様とデートしてますか?」

「デート?行ってないけど」

「だめですよ〜。釣った魚に餌はあげない、になってますよ」

「そうなの?」

「当たり前です。たまには2人で映画を観に行って、その後レストランで食事、とか

海にドライブに出かけたりした方がいいですよ」

「デートねぇ」

「奥様、寂しいと思いますよ」

「デートか、そういえば、結婚してから、出かけてないな」

「それなら、尚更どこかに奥様と出かけるとか。きっと喜んでくださいますから」



「桃香は観たい映画とかある?」

「映画?いまは別にないけど」

「じゃあさ、今度の休みにドライブしないか」

「どうしたの?急に」

「いや、悪かったなって思ったんだ。結婚してからずっと、どこにも連れてってあげなくて」

「……」

「嫌かな、もっと他のプランがあれば……」

「ううん、嫌じゃない」

「ホント?ドライブ、どこに行こうか」

「横浜がいいな、赤レンガ倉庫とか」

「いいね、元町か中華街で食事しよう」

2人は久しぶりに笑った。


      🧂🥣🍴


その時、僕の携帯が鳴った。

親戚からだった。


「叔父が倒れたらしい。今から病院に行ってくる」

「わたしは行かなくていいの?」

「まだ詳しいことは分からないから、桃香は家に居てくれて構わないよ。連絡するから」

「分かったわ。山形の叔父さん?」

「うん、だから数日間は泊まりになると思う」

「大事に至らないといいね。智史も大変だけど、気を付けて」

「ありがとう。じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい」



僕は山形に向かった。

朝方、叔父が入院している病院に着いた。

まだ意識は回復していなかった。

僕は会社に、暫く休みますと連絡を入れた。



叔父の意識が戻ったのは、5日後のことだった。

幸いなことに、命に別状はないという事だ。

翌日には、もう普段の叔父に戻っていた。

「智史、遠いところ悪かったなぁ」

「大丈夫ですよ、とにかく叔父さんが元気になって良かったですよ」

「あぁ、命拾いしたわ。ところで桃香さんとは、上手くいってるか」

「はい、仲良くしてますから安心してください」



「そりゃあ良かった。桃香さんは両親を交通事故で亡くしてからは、親戚の家に預けられたからなぁ、小学生なのに、可哀想だったよ」

「叔父さんと桃香の親戚は、お知り合いだそうですね」

叔父は頷き、

「あの子は、まだ小さいのに親戚に気を使ってな、飯を作っていたそうだ」

「……桃香がですか?」

「やらなくていいと云っても作っていたんだと」

「だから、桃香さんの手料理は、旨いだろう?」

「……はい、とっても」

「うんうん、幸せにしてやれな、智史」

「はい、必ず幸せにしますから。安心してください、叔父さん」


        🧂🥣🍴


その日の夕方に、僕は帰宅した。

玄関を開けると、桃香がいた。

「あれ?桃香、会社は?」

桃香は笑いながら、

「今日は日曜日よ。お帰りなさい智史。疲れたでしょう」

「うん、多少はな。でも叔父が元気になって良かったよ」

「本当に良かったわ。お腹は空いてる?」

「あ、そういえば朝から何も食べてなかった」

「あんまり、コッテリしてない方がいいと思って、雑炊を使ってあるの」

「料理、してくれたんだ」



桃香は、照れ臭そうにしていた。

「智史、今までごめんなさい。これからは、わたしも家事をするからね」

「でも約束が」

桃香は、「それはもういいの。わたしがいつまでも、昔のことを引きずってたから、智史にも無理を云ってきたけど、もう平気」

「でも、両親のこと、思い出すだろう?」

「それが普通よね。わたしが辛い過去から逃げてばかりいたのが間違いだと、やっと気がついたから、これからは、家事をするね」

「お互い無理はやめような」

「もちろん。2人でやろう、役割分担して」

「了解です、桃香さん」

僕らは、顔を見合わせて笑った。

「あ、そうだ、雑炊が食べたいんだった」

「了解。いま温めます」


ようやく、我が家に笑い声が響いた。

これが今の2人の食卓だ。


      おしまい














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