昨日の続きの今日が始まる。
さっきまでみていた夢の続きを惜しみながら身を起こす。卸したばかりの透き通った空気が身を雪ぐ。まどろみを優しく固めたような、まだ暖かい布団に別れを告げる。

清らかな冷たい水をケトルに受ける。
湯を沸かすためにつけた炎はつまみ上げて手のひらで転がしたくなるような雫型。ケトルを上に置くと炎は逃げるように外に広がる。
湯が沸けるまでの間に歯を磨く。口の中に溜まった夜の淀みを涼やかな香りが洗い流す。
顔を洗う。澄んだきらめく水に夢の残り香が溶け出す。雲のような真白でふっくらとしたタオルで顔を拭う。

週末に焙煎しておいた豆をミルに詰める。かりかりとハンドルを回すごと香ばしさとその奥におぼろげな花の気配を感じる。
ケトルは音を鳴らして湯気を立たせる。火からおろして鳴き止ませる。
ミルに溜まった粉をドリッパーへ移して平にならす。辺りがふくよかな香りに包まれる。
ケトルを手にとりゆっくりとドリッパーに湯を注ぐ。湯を受けて粉がもこもこと隆起する。一層強く香りが立つ。まだもやのかかる頭を撫でてくれる優しくもごつごつとした手のような、そしてどこかに柑橘を思わせる香り。
少し間を置いてまた湯を注ぐ。ドリッパーの下のカップには深い褐色を示した雫が少しずつ溜まっていく。

トースターに食パンを二枚、横に並べてそっと入れる。ダイヤルを回して手を離すと、ジジジという音とともに窓が徐々にオレンジ色へと変わり熱を放つ。
トースターの呼び出しを待つ間、カップに溜まった深い褐色を口に運ぶ。顔を近づければ優しい芳香が鼻の奥をくすぐり、口に含めば謙虚な柑橘を奥に感じ、飲み込めば華やかな花の香りが鼻を抜ける。

唐突にチンとトースターが手を上げる。オレンジ色が去りつつある窓の取手を手前に引いて開けると、トーストのほのかに甘い香りがふわふわと上がってくる。
トーストを皿に並べて置き、バターを一欠片ずつその上へと乗せる。バターはじんわりと溶けていき、トーストのカリカリな表面に染みてふやけさせる。
少し小さくなったバターをバターナイフで少し強引に満遍なくトーストの表面全体へと伸ばす。バターナイフの通ったあとには黄みがかった粉雪のようなバターの軌跡。
時間が経つと雪はとけてカリカリの表面をどんどんとふやけさせるだろう。

トーストを一口咀嚼し飲み込む、そこにコーヒーを一口。バターと小麦の包み込まれるようなほのかな甘みを含んだ香りと、コーヒーの香ばしく華やかな主張しながらもすっと消える香りを交互に感じる。

また一日が始まる。

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