ハルカ 桃太郎と鬼と私

当たり前の話ですが。私には父がいて。母がいます。父は日本という国で産まれて旅行者だったインテレクトの母と出会い恋におちた。そんなありふれた普通過ぎる程に普通の両親の元に私は産まれました。
普通でなかったのは母は父と私を微塵も愛していなかった事でした。

幼い頃。私は父の故郷で過ごしました。父の故郷はとても田舎の小さな集落でした。海が近く、海岸からは島が見えていました。

桃太郎という童話が日本にはありまして。
桃太郎という青年が犬、猿、雉を連れて悪さをする鬼を懲らしめる。そんな話です。
父はよくその童話を私に聞かせてくれました。
父は口数が多い方ではありませんでした。
挨拶と大切な話以外はほぼ話さない。ふふっ。むしろ無口と言った方が良かったかもしれませんね。
それでも寝る前に父は桃太郎の話を聞かせてくれていました。そしてその話にまつわる伝承も教えてくれました。
その伝承は鬼ヶ島から鬼がどのようにして海を渡って来たのか。鬼は誰に船渡しをしてもらっていたのか。そんな話です。
私は父とのその時間が大好きでした。
父の話す早さ。声。しぐさ。私の事を愛してくれていると。子供ながらに感じていたのを覚えています。
子供達はおそらく大半。いえ。ほぼ全員。桃太郎の話を聞けば桃太郎の活躍に心躍らせ、桃太郎が正義。と思うでしょう。
しかし私は鬼に強く惹かれていました。
急に自分達の住処の鬼ヶ島に上陸してきた桃太郎に懲らしめられる。
なんて可哀想。
それが私の感想であり、鬼に肩入れしていった理由かもしれませんね。私の中では桃太郎が悪。鬼が善。という認識になっていました。
母は私が赤ん坊の頃は父の故郷で一緒に暮らしていたらしいのですが私が物心つく頃にはすでに自分の国に帰っていました。なので母の記憶はほとんどありません。
父の故郷で過ごしたせいか私は自分がインテレクトであるという認識。もといワードなるものが自分に刻まれているという認識すらありませんでした。普通に集落の子供達と遊び、怒り、笑い、泣いた。そんな記憶があります。夏の暑さ。冬の寒さ。全てに全身全霊で応えて、謳歌していたように思います。

ある日の事でした。
1人の女が男を連れて家にやってきました。父の話しぶりから母である事は解りました。
父と母は口論になりました。思い返すと母が私を引き取ろうとしている。父と別れてその男と結婚して私を引き取る。そんな内容だと思います。
母は桃太郎。男は連れの猿。父はいきなり住処に押し入られた哀れな鬼。さしずめ私は桃太郎が持ち帰った宝物でしょうか。
いきなり桃太郎が鬼を叩きました。口汚く鬼に罵声を浴びせ、隣の猿はニヤニヤしながら様子を見ていました。私は怖くて声も出せずに立ち尽くしていると猿が呟きました。
「俺等の謳歌にあんたは邪魔なんだよ。別れないっていうのならこの場で始末をつけるけどそれで良いか?」
鬼は私を見て優しく微笑み言いました。
「少しお外に出ておいで」
それはいつもの鬼と同じ優しいゆったりとした話し方でした。
私が小さく頷き家を飛び出して数秒後。
「やめろ!そんな事をして何になる!」
聞いた事の無い鬼の声。
「お前が強情なのが悪いんだよ!俺等の国じゃこれは罪にならないんだよ!ワード解凍!F!(フリーズ)!」
よく分からない事を喚く猿の声。
私は急いで家に戻りました。家に入ると氷漬けにされ、砕かれて、バラバラになった鬼が床に散らばっていました。
桃太郎と猿は下卑た笑いを浮かべています。私は鬼を愛していました。心の底から。鬼もきっと私を愛していました。心の底から。
産まれて初めて。殺してやる。殺意というものを認識しました。
次の瞬間には私はワードを無意識に呟き桃太郎と猿を殺していました。
私が初めて手にかけたのは桃太郎と猿でした。
警察がやってきて異様な状態を見てすぐに捜査が始まりました。しかし日本にはワードなんてありませんから。鬼の遺体の状態も桃太郎と猿の状態も理解は出来なかったでしょう。もちろん未解決事件。そりゃあそうですよね。


父の親族がいなかったので私は母の国に還される事になりました。
還される前日の夕方。
私は海岸から見える島を眺めながら父の話してくれた伝承を思い出していました。

こんな話です。
鬼は鬼ヶ島に住んでいた。ある集落の人間達が船で鬼ヶ島に渡って来た。鬼達に驚きはしたものの小さな集落の人間達は心優しい鬼達と心を通わせた。小さな集落の人間達は近隣の大きな集落から迫害を受けていて金品、女を奪われている事を伝えた。鬼は可哀想にと小さな集落の人間に力添えする事を約束した。しかし海を渡る手段が無いと鬼が伝えると集落の人間達は自分達が船渡しをすると申し出た。
ある日鬼が集落に現れ奪われていた金品と女達を取り戻した。集落の人間はたいそう喜び鬼を称え、感謝した。
そして自分達の住む集落を鬼に護られている集落。
鬼を護る集落。という意味を込めて
鬼護(きもり)
と名付け、集落の人間達の姓も全て鬼護とした。

しばらく大きい集落から金品と女達を奪還していた鬼だったが桃太郎に懲らしめられる。この部分が切り取られたのが桃太郎だよと父は教えてくれました。

時は流れて鬼護という姓も地名も変わってしまっています。今は
木守
と変わっていてその集落は今もほとんどの人間が木守姓です。

父の姓は木守。
鬼を護る一族の末裔。
私は鬼を護れなかった。
最期の瞬間も鬼に護られた。
私を護ってくれた鬼はもういません。
島を眺めながら私は決意しました。
父の様に生きようと。私が誰かを護る鬼になろうと。

母の国に帰ってから手始めに挨拶と大切な事以外はなるべく話さない様に。そこを真似なくても。と感じるかもしれませんが私は父になりたかったのです。
非常に不便でした。当たり前ですよね。なのでホワイトボードを。
ここぞ!で声に出していてくれた父の言葉は私に深く刺さっているので。私も誰かに対してそうでありたいと思い。
母の国では私の力は特別で無く皆が使役している力でした。
特別だったのは私が二文字持ちであったという事。
私は神代七に選ばれ、鬼の様に優しく強い6人と出会いました。
私は鬼護 春花。
今度こそ鬼を護ってみせようと誓いました。

めでたしめでたし。




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