Word 4 式典の朝

朝が来た。昨日までの朝とは違う。私が私の一歩目を踏み出す朝だ。何となくだけど体が軽い。気持ちも晴れやかな気もする。まぁ気のせいなのだろうけど。
お母さんの言ってたワードを渡す儀式?みたいなのは終わったのだろうか。いつもより家が静かな気がする。まさか昨日の夜お母さんから話を聞いた時に頭をよぎった事が起きてるのだろうか。
ベッドからするりと抜け出し自室からリビングに繋がる扉に近付く。
うーん。聞き耳をたててはみたけれど音が聞こえない。まさかね。万一お母さんに何かあったりしたらどうしよう。嫌だなと思う自分とお母さんの謳歌だしなと思う自分がいて困る。なんとなく自分の部屋から出るのが怖いけれど永遠にこのままというワケにはいかないし。
深呼吸していつもよりゆっくりなるべく音をたてない様にドアノブを回した。いつもより少し静かにドアがキィーと音を鳴らした。
あれ。誰もいない。って言えたら良かった。リビングのテーブルにお母さんが顔を伏せている。まさかね。
「お母さん」
反応は無い。どうしよ。怖くてテーブルに近付きたくないよ。
「お母さん?」
さっきより強めに。やっぱり反応は無い。
怖いとか言っていられない。直接お母さんの体を揺さぶってみるしかないよね。
素早くテーブルまで近付いてお母さんの体を揺さぶりながら声をかける。
「お母さん?寝てるの?」
「うん。寝てたよ」
あっさりとお母さんは言葉を発した。
「おはよう」
いつもと変わらないお母さんの声。私の取り越し苦労1回分返してよ。
「おはよう。いつから起きてたの?」
お母さんは小さく伸びをしながらイタズラっぽく笑った。
「1回目のお母さんからだよ。心配してるなーって思ってイタズラしちゃった。ごめんなさいね」
ホントだよ。もう3回くらい謝りなよ。
「大丈夫って言ったでしょう?」
「そうだけど反応無かったしびっくりしたよ」
お母さんはテーブルから立ち上がり私を優しく抱きしめた。
「ごめんなさいね。でも大丈夫。今日は大切な朝よ。ご飯を食べて一緒に式典に行きましょう。見ての通り昨日の残りを食べてもらう事になるけど」
またイタズラっぽく笑いながら話した。
「それは良いよ。式典って何時からなの?」
「ベルが家を出ようと決意した時よ。オブザーバーがそれを皆に伝えてくれるから」
時計を見ると時計は7:30分をさしていた。
「分かった。じゃあとりあえずご飯一緒に食べよう」
私はお母さんの腕から抜け出しキッチンに向かった。
「ありがとう。じゃあお母さんも用意しようかな」
そう言うとお母さんは自分の部屋に入っていった。
私は昨日のスープの入った鍋を火にかけながらこれからの事を考えていた。
今日私は旅に出る。いまいち実感は湧かないし。よく意味も分かっていないけれど。それでも謳歌の為の一歩目を踏み出す。その事を少し楽しみな自分もいる。実は双子で妹がいましたーなんてあっさり受け入れられる事とも思えないけど不思議とあっさり受け入れられた。嬉しいとすら思った。態度にも口にも出さなかったけれど。今まで自分が抱えていた不安の原因が分かったからかもしれない。
お母さんが部屋から出てきた。さっきと服が変わっている。薄い紫色のワンピースにグレーの薄手のショールを羽織って。肩甲骨くらいまである明るい髪も結んでいる。
私のお母さんは多分キレイだと思う。かわいい雰囲気もあると思う。今日はいつもよりそれが際立っている気がする。どことなく神秘的というか。女神は言い過ぎだけど。
「代わるよ。ベル。準備して来なさい」
女神からのお言葉だ。私はまだ寝間着。女神の前に立つ格好では無かった。
「服は何でも良いの?ちゃんとした方が良いとかあるのかな」
「ベルの着たいモノで良いのよ」
お母さんはそう言うと私と入れ替わりに鍋の前に立った。
私も自分の部屋へ戻りクローゼットを開けた。
何となくコレかな。と思う服を手に取り着替える。お母さんが少し前に買ってくれたワンピース。薄い緑色。袖を通して気付く。
あっ。お母さんとお揃いみたいになったな。
まぁ良いよね。何だったらついでにショールもお揃いにしてしまおう。黄色の薄手のショール。
うん。完璧にお揃いのコーディネート。私は髪が長くないから結ぶ事はしないけど。
部屋の扉を開けるとテーブルにスープを置こうとしていたお母さんと目が合った。
お母さんはイタズラっぽく笑いながら言った。
「かわいいわよ。女神様」
「お母さんも素敵よ。女神様」
さすがにこらえられなかったのか二人共笑ってしまった。

朝食を食べた私達は女神の広場に向って歩いていた。皆も広場の方に向かって歩いている。
皆が私を見ながらおめでとう。楽しむんだよ。と声をかけてくれる。気恥ずかしいやら照れくさいやら。とにかく受け入れられてはいるらしい。
双子
しかも世界を終わらせるなんて伝承があっても私の選んだ謳歌する決断を受け入れてくれてはいる様に感じる。

広場に着くと1人の男の子が話かけてきた。もちろん知らない人。
「初めましてッス!今日はおめでとうごさいますッス!」
誰?
「ありがとう。ジョー君も大きくなったね」
お母さん?知ってる人?
「ウードさんも相変わらずおキレイで何よりッス!ドキドキですッス!」
私より少し歳上かな。そして誰?
「今日はジョー君が一緒に?」
「はいッス!他の人は宮で待つって言うもんだから一番近い僕が一緒に行くッス!」
「だったら安心だね。ベルをお願いね」
話が進んでる?!そして誰なの?
ジョー君と呼ばれていた男の子は私を見て話かけてきた。
「改めて初めましてッス!神代七が1人。ジョーと申しますッス!今日はおめでとうごさいますッス!」
この人が?神代七?軽い感じだし。もっと厳かな雰囲気の人が七人いるみたいな。迷彩のパンツに迷彩のシャツ。頭にはゴーグルをヘアバンドの様にしている。大丈夫かな。
「心配しなくて大丈夫ッス!神代七は僕みたいなのばっかりじゃないッス!だからそんな顔しなくても平気ッス!」
私顔に出てた?それは申し訳ない事をしたな。
「大丈夫よ。ジョー君はわたしも知ってるけどしっかりベルを護れるから」
お母さんがそう言うなら大丈夫なのかな。残りの六人はどこに?
「神代七はそれぞれ宮を持っているの。神代七の人が変わってもその宮は引き継がれてそこに住むのよ。それぞれ七つの惑星の名前を頂いていてジョー君は火星。基本的に宮は街の外にあるの。火星の宮は街の中にあるのよ」
知ってる。何の施設かとか調べようともしなかったけどあるのは知っていた。というかこのジョーって人も見たことはある。興味が無くて知ろうともしなかったけど。
「さぁ!ベルさん!主役の登場ッス!女神の像の前のステージにどうぞッス!皆ー!開けて欲しいッスー!」
ジョーがそう叫ぶと人だかりが左右に分かれて真ん中に道が出来た。
ジョーは私の左前に立ち左手を女神の像の前のステージに向けた。
開けられた道をジョー、お母さん、私の3人だけが歩く。両側の人からおめでとう!幸あれ!の言葉や拍手が贈られる。
こんなに祝われる事なの?恥ずかしいんだけど。
ステージに到着する。ステージはとてもキレイな造りで大理石?つやつやした石で出来ていた。いつもはここに無いのに。ジョーに聞くとオブザーバーから連絡を受けた大工が今日造ったモノらしい。ワードって凄いんだね。私にはまだ使えないけれど。
ステージに立って振り返ると凄い人の数。
こんなにこの街に人っていたのかって思う位の。お祭りでももう少し少ないんじゃない?ザワザワと声の波が聞こえる。
お母さんが私の手を握って言った。
「お母さんとジョー君は下に降りるわね。ここはあなたのステージだから。お母さんが降りたら皆静かになるから。それからは決意といってきます!って言う位で大丈夫だから」
そう言うとお母さんは私の手を離してウィンクしてきた。ステージから降りるお母さんのショールが風に舞って女神の様だった。
お母さんが降りた時に訪れた静寂。さっきまでザワザワしていたのがピタリと止まった。風の音、木の音そして静寂。
あっ。列の前の方に先生がいる。私が先生に気付くなり先生は私に投げキスをしてきた。
なんだろう。これだけ人がいるのに緊張していない。どうしたんだろう。あっ。決意といってきます的な事を言わなきゃいけないんだったね。

「えっと。私、ベル・リプリーは15歳を迎え、学校を卒業し本日より謳歌の為の一歩目を踏み出します。私は双子で妹を探しに。謳歌の意味を知る為に。一歩、二歩と謳歌の道を歩いて行きます。」
視線を皆にやると本屋のおばあちゃん泣いてるじゃない。
「私の…」
そう言いかけた時だった。最前列にいる男の人が銃を取り出した。多分私しか気付いていない。
お母さんが言っていた。双子に悪い感情を抱く人もいるって。こういう人がいるって事か。
「ワード解凍!B!(バレット)」
銃声がした。皆は驚いて伏せる。私は運よく飛んできた弾丸を避ける事が出来た。銃を持っているのが分かったから。弾丸はどこに行ったのかな?後ろを見ると弾丸が空中でUターンして戻って来るのが見えた。この男の人のワードなんだ。私は悟った。弾丸を操作出来るんだ。多分。そういえばジョーは?神代七なんでしょ?私を護るみたいなのは?
列の前にいるジョーはいかにも面倒だなぁといった表情を浮かべている。いや。そうじゃないんじゃない?
Uターンして来た弾丸が私に当たるのももうすぐかなと思った時だった。
「いい加減にしな!!!」
怒声が響いた。私は驚いて体がすくんだ。広場の全員がそうだと思う。私の後ろで弾丸が地面に落ちる音が聞こえた。銃の男もすくんだらしい。
声の主はすぐに分かった。お母さん、ジョー以外で伏せていなかったのは先生だけだった。
先生は口を開いてねっとりとした口調で銃の男に話しかけた。
「あたしのかわいい教え子の晴れの日にダメでしょう。教育が必要ね」
先生はジャケットとシャツのボタンを外した。
色気もあったんだろうけど。私にはこの時の先生が恐怖の対象に見えた。その理由はすぐに分かった。
「ワード解凍。コネクト。T(テラー)T(ティーチャー)」
あれ?二文字?それって
「(元)神代七が1人。マリアン。生徒を護るのはあたしの仕事なの」
先生が護ってくれるみたいだよ。ジョー。笑ってる場合じゃないでしょ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?