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バベる 新屋 喜奈の場合 ②

授業も終わり放課後になった。
ようやくわたし達が大人の手を少し離れて自分達だけになれる時間。
昼と夜のほんの一瞬だけ訪れる夕方のような時間。

クラスの男子達は駅前に行こうだとか彼女の誕生日が近いだとかそんな話題で盛り上がっている。

わたしは19時から予定があるがそれまではフリーだ。昼食の時に話したカフェに由奈と紗奈と行く事にした。

「喜奈りーぬー。カフェの時間だよー」
「分かってるよ。19時から予定あるからそれまでね」
「相変わらず忙しいね。バイトなんでしょ?」
「そうそう」
わたしは紗奈の質問に上手に応えられただろうか。
期待されたくないと思いつつ何とか周りに合わせる為に期待に応えようとしている自分にも嫌気がさす。
周りに上手く合わせるとか空気を読むといった能力はわたしには授けられていない様だ。
「カフェは駅前だから少し歩くよ」
由奈に向けて送信した言葉を由奈は上手く受信出来ていない様だった。
「ほら。由奈。喜奈話してるよ?」
紗奈経由で由奈に届けられた。
「うん?あーごめん。おっけーだよ」
由奈がスマホに注視するのは珍しくは無い。
「喜奈ー?お店の名前なんていうの?」
「トライデントってお店だよ」
詳しくは無いけど何かの神様が持っている三叉の槍の名前らしい。
人、ハコ、モノをコーヒーで満足させたいっていうマスターの考えからそういうお店なんだそうだ。
あたしも知り合いから聞いた話だけど。
「あったー!ありがとう!トリニティ。ありがとう。17歳」
「トライデントだって言ってたよ由奈」
「じゃーん」
由奈がスマホの画面をこちらに向けている。
画面には
(トライデントからのささやかな贈り物です。バベル割→学生証を提示→ケーキとお好きなドリンクを無料でプレゼント)
との事。
BABEL診断を受ける17歳は様々な店で様々なサービスが受けられる。由奈はこれを探していたんだろう。
「あって良かったよーカフェ行きたいって言ったけどお金はないわ、スマホの充電は無いわで二度目の大政奉還だったよー」
「うん。意味は全く分からないけど助かったなら良かったね」
紗奈がそう言葉をかけたと同じ位にわたしは歩き始めた。
「お店混んじゃうかもだから早く行こう」
2人に声をかけて2歩程先を歩いた。
2人はわたしの2歩後で何やら話している。
興味は無い。わたしは薄情なんだろうか。
17年間生きてきてちゃんと友達だと思った人は恐らく一人もいない。
自分が社会という海でふわふわと不安定に浮かぶ為に生という名の岸に自分を繋ぎ止めておくためのロープだったりイカリだったり。それがわたしにとっての友達だ。
期待はされたくは無い。でも生にしがみつこうとしている自分を死に向かわせないで欲しい。そんな期待をきっと友達にしているんだろう。
由奈と紗奈はわたしをどう思っているんだろうか。
友達してくれているだけなのかな?
友達だとホントに思ってくれているのかな?
残念ながらわたしには本当に分からない。

わたし達が通う日纏高校(ひまといこうこう)は最寄りの駅まで徒歩10分程度と良い立地にある。
友達と話しながら歩くには少し短く、一人で帰るには少し遠い。そんな距離感。

「そういえば今日のお店はどうやって見つけたの?お店の情報見たけど住所は書いてあるけど何階とか書いてないから」
「知り合いに教えてもらったんだ」
紗奈はしっかり者。きっと曲がった事は嫌いで恐らく三人の中で一番の常識人だ。
これから行くカフェ。トライデントは雑居ビルの三階。外から見てソレとは分からない。
エレベーターに乗って初めてボタンの所に店の名前が書いてあるのだ。
わたしも連れて行ってもらうまでこんなビルにカフェがあるなんて知らなかった。
「喜奈が知り合い多いおかげで私達は色んなトコに行けるわね」
なんとなくトゲのある言葉だな。と思った。
そう感じるのはわたしがそう受け取ったからなんだけど。
「でしょ。感謝してよね」
当たり障りの無い平坦な解答。
「ねー大政奉還ー」
由奈はムードメーカーといえばムードメーカーだけど変わり者だ。返しに困る言い回しをよく使う。
「そういえばさ!うちの弟が今夢中で読んでるマンガがあってさ。なんか呪術がどーとかみたいな」
ほら。急に話が跳ね回る。
「大政奉還で思い出したんだけど、墾田永年私財法って字面だけだとそのマンガに出てきそうじゃない?」
あいにくだけどわたしはそのマンガを読んでないんだよね。
「確かに響きといい出てきそうな感じはするわね」
紗奈がすかさずレシーブに入った。こういう時見捨てずしっかり話題を拾うのは紗奈の役割だ。
「でしょー由奈さん大発見だと思って。帰って弟に教える1択だね。これは」

そうこうしているうちに最寄りの駅に着いた。

日纏駅

まぁまぁ栄えた街にあるので駅前は何かするのに苦労はしない。飲食店、パチンコ、ゲームセンター、カラオケ、ドラッグストア。大抵の店はある。

居酒屋がお店を開ける準備をしている。カップルがカラオケに吸い込まれて行く。若い男が虚ろに空を見上げてパチンコ店から出て来る。

心地よい風がわたしの髪の毛の間を通り抜けて行った。この風はきっともうここに戻って来る事は無いんだろう。

「この国の皆さんの健康の為に!BABEL診断を受けましょう!17歳。大切なこの時に!これからのあなたの為に!これからの誰かの為に!」

ビルの外壁に取り付けられた大型のモニターからCMが流れていた。

駅前の喧騒に負けないくらいの大きな音でアイドルが笑顔を振りまいている。

わたし達は気に留めずお目当ての雑居ビルの中に入って行った。

いつ頃建ったのか分からないビルであちこちに傷んでいるのが見て分かる。エレベーターの前に立ち、わたしはボタンを押した。古い起動音がしてエレベーターが降りて来る。
開けっ放しになっているビルのドアから風が入って来た。またわたしの髪の毛の間を通り抜けて行く。

外は車の音に紛れてアイドルの声が響いていた。

「この国の皆さんの健康の為に!BABEL診断を」

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